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「脱力の極み」vol.24(最終回)ほか、雑誌情報。
ぴあのふぉるて
y.sさんの静かに核心をついたリプライ( No.4647)に感じ入りました。
演奏なさる側としてのお考えをお聞かせいただきありがとうございます。

(変なタイミングで、すみませんが…)
小山さんの記事情報をお届けいたします。

『音楽の友』11月号 p.20〜23 
対談「脱力の極み」vol.23
お客様:舞の海秀平さん(元大相撲力士・タレント)
まず初めに、舞の海さんの四股名の由来を小山さんがご紹介くださいます。
舞の海さんは青森のご出身、小山さんは岩手・盛岡育ち。お二人とも東北のご出身とのことで、打ち解けた雰囲気です。
舞の海さんは小山さんのご質問を受けて、場所中の体調管理や、稽古と土俵入りについて、失敗談も含めて楽しくお答えくださっています。作戦と技のお話も興味深いですね。相撲は、「結局バランスの崩し合い」なのですね。そして、相撲に向いている性格は「冷静で落ち着いている人。気合いはほどほどに。気合いが入りすぎる人は、冷静さを失いますよね。どこかでやっぱり力を抜いていないと。」…お相撲さんでなくても、こうありたいですね。
テーピングをしない美意識と感性のこと、さらに本番と練習のお話から、素敵な言葉につながります。「稽古場は本場所のごとく、本場所は稽古場のごとく」

小山さんがコラムで綴られた、舞の海さんへの温かなお言葉の数々は、そのまま小山さんへお贈りしたいと思います。

(No.4617の追伸No.4618でもお知らせしましたが…もう一度)
同p.118-121 対談 小山実稚恵×平野 昭
 ベートーヴェン晩年の傑作、3つの「ピアノ・ソナタ」を語る
第22回「音の旅」レクチャー&サロンでお話しくださった平野昭先生との対談。
細やかで深いお話のため、要約不能。ですが、小山さんの抱いておられるお気持ち「今回は分けて弾きますが、やはりいつかは3曲を同じ時に続けて弾きたいですね。一生付き合う作品だとも思いますし。」…に心を打たれました。

『音楽の友』12月号 p.6〜9
対談「脱力の極み」vol.24 最終回
 お客様 日野原重明さん(医師・医学博士)
今回が最終回!「音の旅」シリーズと同じ24回で完結ですね。
小山さん、素晴らしい対談を2年間、毎月お届けくださりありがとうございました。
おじいちゃまと孫娘のツーショットに見える素敵なお写真に見入っております。
日野原先生105歳!のお誕生日お祝いのふうせんと小山さんの華やかな花柄ワンピースがカラーコーディネートして、祝祭の空気いっぱいですね。

日野原先生はインタビューを受ける側のはずなのですが、応答なさりつつ小山さんにもお尋ねになるので、小山さんファンにとってはまことに嬉しいインタビューとなっています。
先生のお忙しいスケジュールのこと、子どもの頃にピアノを習われていたこと、講演会の話…のあとに、逆質問が!
日野原「あなたに伺いたいのは、実際にステージに立って緊張をとろうという時に、自分で意識してなさることはありますかということです。」
小山「どうせ緊張するので、「緊張しないように」とあえてすることはありません。といって、極度に緊張するタイプでもないとは思うのですが…。」
先生の「赤面恐怖症」のお話のあとは「…あなたは、世界的なコンクール、ショパンやチャイコフスキーなどで、とても緊張する経験をなさってきたでしょう?」…
次の質問は:
日野原「聴衆も多様ですね。どういう聴衆かを意識することで、変わることもありますか?」
小山「う〜ん…。先生は聴衆を意識して講演されることはおありですか?」
日野原「全然ない。出たとこ勝負、って感じですよ。…」
そして、講演も演奏も「最初の5分が大事」だというお話では、能舞台の例をあげながら…
日野原「… あなたほどの演奏会のヴェテランは、そこまで考えなくても良い演奏会ができるんじゃないの?」
小山「ヴェテランなんて…とんでもない。」(プログラムのお話につながります)
また、先生が緊急事態の際も脈拍が普段とあまり変わらず平常心を保たれていたエピソードを小山さんがお話しされたあとは…
「そうね(笑)。よく講演の前に深呼吸をする人がいるけれど、特にそういうことはしていない?」と、小山さんに質問なさっています!
他にも、原稿を書く時と話す時の違いについてのテーマでは、逆に小山さんの演奏や音についてお聞きになったり。
おかげで、小山さんが演奏で感じておられることや、技術と表現について思われることを伺うことができました。〜「技術力が高まれば、音楽的に表現の幅が広がる。共に育ってゆく。想いが強くあればあるほど、技術も磨かれていくんですね」、「機械であっても、心を入れて弾いた音には心が表現されるんです」など。
そして、楽器との一体感、聴衆との一体感のお話では、もう完全に先生がインタビュアー。小山さんも自然にお気持ちをお話しされています。
「脱力の極み」対談シリーズ最終回は、小山さんの素敵なまとめのお言葉に続き、日野原先生のユーモアで和やかに締めくくられました。
4月からまた新しいシリーズが始まるそうです! 何かしら? 楽しみですね。

『モーストリー・クラシック』2016年12月号 p.79
「ピアノと私」第31回 〜コンサートのハプニング〜
小山さんが小学4年生のときに聴かれたコンサートでのハプニングと、中学1年生でアシュケナージのリサイタルで花束をお渡しになった時の舞台袖での思い出を紹介なさりながら、コンサートの楽しみを伝えてくださっています。
この記事を拝読し、「音の旅」シリーズなど小山さんのコンサートのチラシがいつも素敵な理由がわかりました! それは、小山さんの「コンサートの楽しみはチラシを手に取ったときから始まります」との強い思いがこめられているからですね。

『モーストリー・クラシック』2017年1月号 p.75
「ピアノと私」第32〜他の楽器、声との共演“合わせもの”(1)〜
高校生の頃から様々な楽器のお友達と共演なさってこられたのですね。楽器によって合わせ方が変わるとのことで、管楽器や弦楽器との合わせ方、音作りの楽しみについて、丁寧に説明なさっています。
「それから、声楽の合わせは独特です」…と、その「難しさ」と「醍醐味」をお話しくださっています。“合わせもの”のお話、次回も楽しみにしています。

以上、ご参考まで。
Date: 2016/12/10/23:59:46 No.4648

Re:「脱力の極み」vol.24(最終回)ほか、雑誌情報。
とさま
ぴあのふぉるて様

今晩は。

いつもいつも小山さんに関する記事情報を整理してお知らせいただき感謝しています。そして、それぞれの情報の要約の素晴らしさ!

平野先生とのベートーヴェンの最期の3つのソナタに関する対話については、要約不能とぴあのふぉるてさんは仰りながら、しっかりと一番大切な小山さんのお言葉を そっと教えていただき嬉しい限りです。3つのソナタをばらばらに弾くのではなく、まとめて弾くとまた別の視点がきっと出てくるのでしょうね。レコードアカデミー賞を取った名盤といわれるCD(第30番〜32番)でも何か足りないと感じてしまうので、小山さんの演奏(実演またはCD録音)をただ待つのみですね。

「脱力の極み」第24回 今回 日野原先生をゲストにお招きし、そして最終回だったのですね。永久保存版の価値のある号になりますね。内容の要約を拝読し、全て拝読したくなりました。これは書店に行かなければいけませんね(笑)。

小山さんの「音の旅」@札幌で、ある方が「脱力の極み」を毎回毎回楽しみにしていると仰っていました。その方は、小山さんのファンですが、「脱力の極み」のお陰で、視野が広がって、人生が豊かになったとまで仰っていました。最終回とは寂しくなりますが、4月からはまた新しい企画が始まるのですね。とても楽しみです。

『モーストリー・クラシック』の(2017年)1月号がもう発売ですか。驚きです。他の楽器とのあわせもの というシリーズなのですね。これはまた興味深いですね。楽しみがまた増えました。

今年も、1年間、コンスタントに情報提供をしていただき本当に有難うございました。お時間を割いていただき、おかげさまでファンの皆様にとっては充実した1年間になりました。

とさま



Date: 2016/12/11/21:43:57 No.4649


▲Top

拍手
y.s
端的な言い方になるが、演奏のあとの拍手は必要なのだろうかと考えることがある。もちろん、演奏が終わるや否や拍手が巻き起こって然るべき作品もある。リストの『メフィスト・ワルツ』やラフマニノフの『ソナタ第2番』など、終結に向けて聴き手を追い込んでいく作品がそれである。しかし、拍手が興醒めを招く作品も少なくない。端的な例だが、チャイコフスキーの『悲愴交響曲』のあの絶望の極致と言える終結のあとでは、割れんばかりの拍手は不釣り合いなものに感じられないだろうか。
歌曲ピアニストとして名高いミヒャエル・ゲースは「極端な話、演奏中に“(聴衆が)ああ、同じ方向を見ている”という感触が得られれば、拍手はいらないとさえ思ってしまいます」と語っているが、演奏家の立場にある人間がこう言っているということは、拍手が絶対的な賛辞には結びつかないことの1つの証左になるだろう。
小山実稚恵さんの壮大なピアノリサイタルシリーズの第22回(11月19日、オーチャードホール)の前半に、ブラームスの『6つの小品作品118』が置かれた。第1曲や第3曲といったドラマティックな作品では、彼女らしくこみ上げ迸る情熱が聴かれたが、全体にピアニッシモを多用し、つぶやきのように奏でていた。いわゆるブラームス的な濃厚な歌が歌われるというより、寂しい心情をぽつぽつと独りつぶやいているような雰囲気だ。
最後の第6曲で、孤独の奈落に情念が蠢く。そしてその中間部、それまでの抑制が激烈な叫びへと変わる。この部分の激情が、これほど大胆に表出されるのを初めて聴いた。激しさが鎮まってもなおその壮絶さは漂い続け、闇の深さを色濃くしてゆく。第1曲から第5曲まではこの第6曲の心情まで沈みこむためのものだったと思わせるほど、密度の濃い演奏だった。
長い余韻が消えて、拍手が起こり、ブラボーの声も響いたが、私の拍手は覚束ないものになってしまった。情念の重さ、烈しさ、暗さが胸にのしかかり刻まれ、その世界から醒めることができなかったのだ。休憩中、気がつくと私はまた、拍手について考えていた。あのような表現に対しては、考えようによっては拍手よりも沈黙こそが作品と演奏者への敬意になるような気がした。
今もまだ、第6曲で吐露されたあの凄絶な激情と寂寥が、耳の奥でこだましている。
Date: 2016/11/26/22:13:49 No.4639

Re:拍手
まじょるか魔女
私たちは素晴らしい演奏を拝聴した場合、演奏される方への敬意と称賛の気持ちを込めて
拍手を送ります。
・・・今まで自然だと思っていたこの「拍手」という行為について、こんなに考えてしまったのは
初めてです。
y.s 様の深いご考察に、同感の拍手を(割れんばかりではなく)ゆっくりお送りしたいと思います。
小山さんのブラームス『6つの小品作品118』最後の第6曲。
人生の思いを載せた葉が舞うように音色の渦が起こり、壮絶な心情の吐露ののち、
弱音のアルペジオで閉じられて・・・
小山さんの両手が膝に降り、ふっと脱力されたお姿に対して、身動きができませんでした。

名古屋宗次ホールでの思いについて、次のように投稿させていただきました。
「拍手は心の中でさせていただくほうがふさわしいような静謐な時間でした。(No.4619)」
とさまさんは次のように仰っていますね。
「ベートーヴェンと同様に、この曲も拍手が相応しくない曲だと思いました。(No.4622)」
ぴあのふぉるてさんも、 y.s さんと共通するご感想を書かれていますね。
「そして、儚く消えゆく最後のアルペジョの美しさも、忘れられません。
盛大な拍手より、静かに首を垂れて敬意を払いたい気持ちになりました。
まじょるか魔女さんと、とさまさんも、同じように感じられたのですね。(No.4623)」

演奏される方への礼儀と、拝聴する私たちの居ずまいとを自ら問いただしたくなる、
小山さんのお姿と音色をリフレインしています。
Date: 2016/11/29/09:00:24 No.4641

Re:拍手
とさま
y.s 様
まじょるか魔女様
皆様

私も日ごろからコンサートでの拍手について考えさせられることが多いです。

今回の音の旅第22回でのブラームスの作品118の6やベートーヴェンのピアノソナタ第30番の第3楽章は拍手に最も相応しくない曲だと思います。ましてや小山さんのあのような歴史的名演を前にしては・・・しかし小山さんに敬意を表するためには拍手するしかない、本当に困ってしまいますね。


一方、私は拍手そのものより、もっと当惑するのは拍手のタイミングです。静けさの中に消えゆくような音楽では(大抵は)大丈夫なのですが、晴れやかに、明るく、大きな音量で圧倒的クライマックスを築いて終わる曲の多くが、まだ拍が残っているうちに興奮のるつぼの中に音楽が搔き消されてしまう・・・音楽の根本要素である拍が途切れてしまうことに当惑してしまいます。

シンフォニーで言えば、チャイコフスキーの悲愴では、最後の音がppppで消え行った後、フェルマータ付きの休符があり、指揮者はそこでしばらく拍をとります。y.sさんが仰るように、悲愴交響曲で不釣り合いの拍手はタクトが下りてから始まります。一方、チャイコフスキーの第5シンフォニーは壮大なクライマックスを築いて終わりますが、最終音の後に休符があるにも関わらず、拍手でそれを聴くことができなくなります。ブルックナーのあの素晴らしい第7シンフォニーのフィナーレも同じで、ブルックナーの場合には休符を消してしまう拍手は致命的になると言っても過言ではないのです。そういえば、シューベルトの音楽とブルックナーの音楽には共通項が多く見つかります。度々現れるゲネラルパウゼ(全休止)や曲の終わりの休符も似ています。

まだ拍が残っているのに、余韻どころか、音楽としての拍もかき消されてしまうのは本当は勿体ないことです。最近は、自分の耳と心とで、補正して聴くようにしています(笑)。そして、感動をストレートに表現すること自体は素敵なことでもありますので、大らかな気持ちで音楽を楽しむようにしています。

小山さんの十八番(おはこ)のレパートリーのラフマニノフのピアノ協奏曲第2番、第3番のあの終結には休符がありますし、ショパンのピアノ協奏曲第1番やチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番の最後の音にはフェルマータがついています。そして極めつけは、ショパンの英雄ポロネーズの最終音の後の2拍の休符です。余りにも小山さんの演奏が素晴らしすぎて、聴衆は間髪を入れずに拍手とならざるを得ません。待つことは不可能でしょうね。

それでもいつか、どこかで、何かのはずみで、小山さんのコンサートで一度も聴くことのできなかった、最終音の後の休符という密やかだけれど、掛け替えのない役割を果たしている音楽を聴くことができたらいいなと思ったりしているのです。

まじょるか魔女さんのお言葉【演奏される方への礼儀と、拝聴する私たちの居ずまいとを自ら問いただしたくなる、小山さんのお姿と音色をリフレインしています。】に深く同意しています。

とさま
Date: 2016/11/30/00:16:15 No.4642

Re:拍手
y.s
拙文に丁寧なコメントをくださった方々、ありがとうございました。反応が遅くなってしまい申し訳ありません。
小山さんの演奏するブラームスOp.118-6を聴いて感じたことを率直に述べたまでのことなのですが、皆様に拍手について再考していただくきっかけになったのなら幸いです。
拍手とは、称賛の意を表すものですから、受ける側の人間は喜ぶべきものなのかもしれません。ですが演奏する者自身は、その拍手を求めてはいけないような気もします。
よく「人に感動を与えたい」という言葉を耳にしますが、それは、その時点で自我を受け手に押し付けていることになります。表現の究極は、いかに作為を捨て、シンプルに音楽に向き合い、自己の世界観を極められるかです。つまり音楽に、音に導かれるがままにいること、それが演奏の理想的なあり方だと考えています。
その反応として、たまたま(?)拍手をいただくというわけで、小山さんも聴衆の喝采を受けたくて舞台に上がっているのでは当然ないでしょう。
少々話題が大きくなりすぎた感がありますが、芸術の本質とは、華々しい喝采とは対極の場所にあるものなのだと改めて感じました。
Date: 2016/12/09/23:54:41 No.4647


▲Top

11/23えびかんクラシカルコンサート
土の器
 ぴあのふぉるてさん、早速にお心のこもった詳しいご報告を有難うございました。いつもお教え頂くことばかり、本当に感謝です。遅ればせながら、私も感想など?書かせて頂きます。
 先ずは、サイン会が長蛇の列だったそうな、すぐ失礼したので分かりませんでしたが、本当に良かったですね。コンサートの開かれた海老名市は、神奈川県央に位置し、東京・新宿まで電車1本で出られますが、都心まではやや遠め、そこで「もし地元に小山さんがおいで下さるならこんな嬉しいことはない!」と、近隣にお住いの方も含め、どんなにか首を長くしてこの日を待たれたことでしょう。えびかん(海老名市文化会館の略称)の1098席はほぼ満席、アンコールも含めすっかり魅了されてしまった方々が、そのままサイン会に並ばれたこと、想像に難くありません。
 私と同行の嫁(中国人)は、「アンダンテスピアナートと華麗なる大ポロネーズ」が大好きで、曲名も知らぬまま、母国でテープが擦り切れそうになるほど聴いていたそうですが、今回初めて曲名がわかり、長年の胸のつかえが取れほっとしたとのこと、またピアノの音色がこんなにも豊かなことを初めて知った、と申しておりました。一方私は、皆様が♪小山さんのラルゲット♪としてずっと称賛されているショパンピアノ協奏曲第2番Op21を”白眉”の思いで、胸躍らせ初拝聴致しました。若きショパンの切々たる思いが、緩急自在な調べで綴られ、そしてそれを演奏された小山さんは、全くぴったりなお方、でした。小山さんあってのラルゲット、そんな思いです。またラルゲットというテンポによるのかもしれませんが、音が奏でられる前、つまり鍵盤に指が触れるか触れないかの僅かな時間の内に、既にピアニストと個々のピアノの間では、もう次の音がどのように響くか、決定づけられているような印象を持ちました。ぴあのふぉるてさんが『特にプログラム後半のショパン作品群で、ピアノが生き生きと潤いのある音色で鳴り響き、前半の音色との違いに「ピアノは生き物」であることを実感いたしました』とお書き下さったこと、私も全く同感です。
そして小山さんの、根源的な或いは超越的なところから発せられる一音一音は、分からないながらにも、胸に深く届き、問いかけてくるように感じます。小山さんの音楽は、いつも哲学と不可分のように感じられます。 話が少々ずれますが、逝きし尊師から、童話について次のような話を伺ったことがあります。「童話は、子供向けに易しくしたお話という意味ではない。人も自然も生き合っており、根底に人間本来の在り方を潜ませる”形式としての”童話」というようなお話でした。音楽も美術も文学も、究極はそこに辿り着くのでしょうか。そしてそこにはそれぞれの極みとしての美の表現がなされ、その重層的な訴え・問いかけが迫って来る、いつもそんなことを思って、拝聴致しております。(正確には、私には、迫ってくることもある、です。音楽的理解がからきし、です。)、
 さて当日は寒気が押し寄せ気温も急降下、鈍色の空の下ホール内の空気もひんやり感じられましたが、ぴあのふぉるてさんがお書き下さったよう、今回の小山さんのドレスは、まるでそんなことを忘れさせてくれるかのような鮮やかな紫色(紫色といっても色々ありますが、とても上品で深みのあるお色でした)、登場された途端、先ずは(耳からでなく)目からはっとさせられ(笑)、ときに煌くビーズも夢をさそうようで、小山さんに、そして今回ご用意下さったプログラムに、とてもふさわしく感じられました。(私は紫色を楽しみながらも、心はバラ色!)
 また小山さんは、それぞれのホールでいろいろなことにお遭いになると存じます。今回の演奏終了後にお見せ下さった、たおやかな微笑みに、”全てを受け止め、いつも置かれた場で最善を尽くされる小山さんご自身”をあらためて発見し、とても温かな思いで、帰路につかせて頂きました。

ご投稿の皆様からは、コンサートをとても心待ちにされていること、音楽への深い深い洞察、素晴らしいご感想などを拝読させて頂き、本当に有難うございます。この場をお借りし、心より御礼申し上げます。
小山さん、皆様、どうぞお体大切にお過ごし下さいますよう。
Date: 2016/12/04/01:03:10 No.4643

Re:11/23えびかんクラシカルコンサート
とさま
小山さんのファンの皆様

 霜寒の候、皆様お変わりありませんか。

11月…小山さんのスケージュールはとても過密でしたね。それにも関わらず、全国各地、いつ・どこでも全身全霊で演奏をなさる小山さん…皆様からの称賛と尊崇の念を表す言葉は止むことはありません。新たなファンもたくさん産まれたことでしょう。一人でも多くの方に、小山さんの素晴らしい音楽の世界を知っていただきたいと願っています。

ファンサイトでの皆様の貴重な言葉は、新しいファンを多いに惹きつけることでしょう。

★土の器様(No.4643)
 心温まる素晴らしいご投稿を拝読し、小山さんのファンの一人としてとても嬉しいです。

【音が奏でられる前、つまり鍵盤に指が触れるか触れないかの僅かな時間の内に、既にピアニストと個々のピアノの間では、もう次の音がどのように響くか、決定づけられているような印象を持ちました。】…何ゆえに小山さんは私達を感動させるのか、その秘密の一つですね。小山さんの奏楽に不自然感が皆無なのは土の器さんが発見されたことと大いに関係していると思います。

【音楽も美術も文学も、究極はそこに辿り着くのでしょうか。そしてそこにはそれぞれの極みとしての美の表現がなされ、その重層的な訴え・問いかけが迫って来る、いつもそんなことを思って、拝聴致しております。】…何事も極めるとある種の至高の境地に達するのでしょうね。至高の境地に達した芸術家には、土の器さんが仰るように、ジャンルを問わずそれぞれの極みとしての美の表現をすることが可能になるのでしょうね。

★ぴあのふぉるて様(No.4634&4638)
 オーチャードでの『第22回「ピアノで綴るロマンの旅」』(No.4634)の素晴らしいご感想に次いで、海老名公演での臨場感溢れるご報告(No.4638)に当日の感動が蘇ってきます。

【小山さんと同時代に生き、小山さんの生演奏を拝聴できる私たちは、ホントに幸運ですね。皆様も小山さんの魂から生まれる音楽に心を揺さぶられたことと思います。】…私達ファン全ての共通の認識になっていますね。

【小山さんの慈しみあふれる表情、大好きです。音の行方を確かめるように時おり遠くへ向けられる優しい眼差しも…。】…小山さん以外のピアニストからは得ることのできない音楽的体験となりますね。

★実稚恵様の微笑様(No.4635)
 何ゆえに小山さんの奏楽がこんなにも多くの人たちを感動させて、聴いて佳かった、もう一度聴いてみたい…そのように思わせるのでしょうか?

【場所や時間。時空を包み込む温く豊かな「音の旅」のステージがそこにある。なんと幸せなことと思います。】…そうです、微笑様が仰るように『時空を包み込む温く豊かなステージがそこにある』、これがあるからこそ、私達ファンは小山さんの公演に集まるわけですね。

★花葉様(No.4640)
 2年半以上前の群馬での公演が中止になってしまい、花葉さんを初め、公演を楽しみにされていた皆様はさぞかしがっかりされたことでしょう。それが、このたび再演され、皆様の感慨も一入(ひとしお)だったことでしょう。ファンを大切にされる小山さんならではのお話かと思い、本当に深い感動を覚えます。群響の皆様、関係者の全ての方々に感謝される花葉さんのお気持ちがよく分かります。本当に、何年もたって再演すること自体が稀なことかと思います。ご報告有難うございました。

★ミルキーまま様(No.4637)
 小山さんの英雄ポロネーズは本当に素晴らしいですね。ぴあのふぉるてさんが仰るように勇気の湧いてくる曲で、小山さんの演奏で何度でも聴きたくなりますね。

★y.s様(No.4639)
 『拍手のルール〜秘伝クラシック鑑賞術〜』(茂木大輔さん)という書籍があり、手に取って読んでみました。茂木さんはNHK交響楽団の主席オーボエ奏者をお務めです。奏者の視点でのお話をいただいていますが、随所に聴き手である聴衆に対して温かくユーモアのあるアドバイスもしてくださり、その見事な筆さばきに引き込まれれてしまいます。たった一人の聴衆の拍手が、一夜の音楽会を台無しにしてしまうこともあったことなど、経験に基づいた明快な文章が心地よいです。

 茂木さんの本を拝読して、細部の記憶は曖昧ですが、もう40年前になるでしょうか、ある体験を鮮明に思い出しました。

 それは、オランダを代表するソプラノ歌手のエリー・アメリングのリサイタルでした。プログラムは全てシューベルトのリート(歌曲)でした。アンコールを何曲も歌って下さり、最後に歌って下さったのが『An die Musik』(音楽に寄せて)という、600曲以上あるシューベルト歌曲の中でも屈指の名作です。

 この曲の第1節は、芸術(音楽)は病気のときも苦難のときも、心に暖かい愛情の光を灯し、救ってくれる、というような内容です。第2節の詩は次に示す通りですが、最後の『ich danke dir dafür!』には『!』が付けられ、ソプラノは高揚しながら感動的に歌い終えます。ところが、シューベルトはそこで曲を閉じることをせずに、世にも美しいピアノの後奏をつけて、そして静かに終わりを告げるのです。

 聴衆は感動で身動きできず、誰一人として拍手をすることができなかったのです。少しの静寂の時を経て、聴衆の一人が控え目に『ダンケ(Danke!)』(有難う!)と言ったのです。『ich danke dir dafür!』(心から感謝の気持ちを捧げます!)を受けての『有難う!』…エリー・アメリングさんに、(ピアノ伴奏者の)ダルトン・ボールドウィンさんに、そして何よりも作曲者であるフランツ・シューベルトさんとシューベルトさんと生涯友情を分かち合った作詩者のフランツ・ショーバーさんに感謝の気持ちを伝えるために、当夜の聴衆を代表してその方が『ダンケ』と仰ったわけです。

 そして、そのあとしばらくして、これ以上ない暖かく優しい感謝の念の籠った拍手がいつまでも続き、多くの聴衆が涙を流したのでした。

Oft hat ein Seufzer, deiner Harf' entflossen,
ein süßer, heiliger Akkord von dir
den Himmel beß'rer Zeiten mir erschlossen,
du holde Kunst, ich danke dir dafür!

ハープから流れ落ちるため息のような
甘美で神聖なメロディー(和音)は、
より良い時間を過ごすことのできる天国に私を誘(いざな)う
私は、優美な芸術であるあなたに 心から感謝の気持ちを捧げます!

半世紀以上に及ぶ私の音楽体験の中で、このときほど感動したコンサートは他にありませんでした。

 小山さんの演奏を聴かせていただいている私たちの本当の気持ちは、アメリングさんの公演の時の聴衆と同じなのではないでしょうか?小山さんへの感謝と同時にベートーヴェンさん、ブラームスさん、シューベルトさんといった大作曲家への感謝の気持ち…『(Herzlichen) Danke!』(本当に有難う!)という気持ちに尽きるのでしょう。そうであれば、拍手は2次的な行為なのでしょうね。

 拍手が話題になり、改めて、皆様の次の言葉の数々が私の心を打ちました。

【盛大な拍手より、静かに首を垂れて敬意を払いたい気持ちになりました。】(ぴあのふぉるて様:No.4623)…敬虔な気持ちになりますね。これからも小山さんと作曲家に対して敬意をもって『有難うございます』と心の中で呟きたいですね。

【演奏される方への礼儀と、拝聴する私たちの居ずまいとを自ら問いただしたくなる、小山さんのお姿と音色をリフレインしています。】(まじょるか魔女様:No.4641)…聴衆は自分一人ではないので、奏者への礼儀と一人一人の居ずまいは大切な要素ですね。

【あのような表現に対しては、考えようによっては拍手よりも沈黙こそが作品と演奏者への敬意になるような気がした。】(y.s様:No.4639)…私もそのように思います。それでも現実のコンサートでは難しいことですので、私はいつも心の中で感謝を捧げ、目を瞑り、感動を嚙み締めます。すると自然に涙が溢れてきます。そして覚醒すると拍手が気にならなくなり、歓びで頬が緩み、そしてまた涙がこぼれてくるのです。

********
★★小山さん:11月も全国各地で魂の音楽をお届けくださり、ただただ感謝するのみです。素晴らしい演奏を思い出すだけで、またお聴きになった方の感想を伺うだけで温かい気持ちになります。お疲れを貯めないように、どうぞご自愛の上、お過ごしください。本当に有難うございました。

とさま
Date: 2016/12/04/15:41:08 No.4644

Re:11/23えびかんクラシカルコンサート
まじょるか魔女
皆さまの瑞々しいレポートに、伺っていない会場へもワープできた心地になっています。
管理人まさとさんのおかげで全国各地の 小山さん賛歌を共有させていただき深く感謝しています。

「えびかん」での 小山さん。
ぴあのふぉるてさん、土の器さんが仰るように、音色はもちろんのこと、ドレスの色が印象的で
お似合いですね。
「江戸紫」という雅な和名の色名を思い出しました。上品で深い紫ですね。
(「京紫」は赤みがかった色になるそうですね)
土の器さんとご一緒に聴かれたお嫁さん、母国中国で「アンダンテスピアナートと華麗なる
大ポロネーズ」を繰り返し聴かれていたのですね。
小山さんの演奏で曲名が判明され、ピアノの奥深さをご一緒に感じられて佳かったですね。
土の器さんの”白眉”の ショパンピアノ協奏曲第2番Op21。小山さんあってのラルゲット・・・
「音が奏でられる前、つまり鍵盤に指が触れるか触れないかの僅かな時間の内に、
既にピアニストと個々のピアノの間では、もう次の音がどのように響くか、決定づけられているような
印象を持ちました。」
素晴らしい視点からのご指摘にはっとする思いでした。
「また小山さんは、それぞれのホールでいろいろなことにお遭いになると存じます。
今回の演奏終了後にお見せ下さった、たおやかな微笑みに、”全てを受け止め、
いつも置かれた場で最善を尽くされる小山さんご自身”をあらためて発見し、
とても温かな思いで、帰路につかせて頂きました。」
本当に仰る通りですね。
どこの会場でも全身全霊で音楽を届けてくださる 小山さん。
その思いをいただいて、私たちは帰り道に心がバラ色になって、
次の 小山さんの演奏会が待ち遠しくなるのですね。

とさまさん、きめ細かく温かいコメント、そして、
『拍手のルール〜秘伝クラシック鑑賞術〜』(茂木大輔さん)を通して、素晴らしい音楽体験を
教えていただき有り難うございます。
シューベルト歌曲のアンコール『An die Musik』(音楽に寄せて)の歌詞『ダンケ(Danke!)』に反応され、
「ダンケ」という声がかかった、そして、温かい拍手がいつまでも続いた・・・
会場の気持ちが一つになった時間を想像し心の温度が上がっています。

小山さんの音楽を拝聴して、小山さんと作曲家への感謝の気持ちでいっぱいになる私たちの思いと
同じですね。

以前拝聴したフランス人女性ピアニスト、リーズ・ドゥ・ラ・サールの演奏会でのアンコール。
最後の曲は ショパン:ノクターン嬰ハ短調(遺作)でした。
磨りガラスが少しずつ開いて透明な光が差し込んでくるような旋律で曲が閉じられ、
リーズ・ドゥ・ラ・サールは白鳥が羽を拡げるように一音ずつ打鍵して
静かに両手を膝に降ろし、じっと鍵盤を見つめたままでした。
拍手のない静寂の時ののち、歌うような「ブラ・・・ヴォ・・・」という深い囁き声がかかり、
ゆっくりと拍手が拡がりました。
もしかして外人さん?と思うような素敵な発音で、ヨーロッパのコンサートホールにいるような
心地がした時間でした。

とさまさんは拍手について、「まだ拍が残っている」というコメントもされていますね。
とても勉強になりました。(No.4642)
聴かれる方々が、とさまさんのように音楽に造詣の深い方ばかりなら、
ショパンの英雄ポロネーズの最終音の後の2拍の休符を聴いてから、拍手が始まるのですね。
奇跡のような音楽場面がいつかどこかで実現されたら、と想像を巡らせています。
Date: 2016/12/05/23:00:54 No.4645

Re:11/23えびかんクラシカルコンサート
ぴあのふぉるて
土の器さん、素晴らしいご投稿を拝見させていただきありがとうございました。お嫁様が母国で繰り返し聴かれた大好きな曲の名前が、小山さんのリサイタルで判明してよかったですね。
そして私も、小山さんの演奏を聴くようになって初めて、ピアノの音色がどれほど豊かであるかを知りました。
「小山さんあってのラルゲット、」…ほんとですね。小山さんの演奏によってショパンの思いがさらに純化されるのだと思います。

「音が奏でられる前、つまり鍵盤に指が触れるか触れないかの僅かな時間の内に、既にピアニストと個々のピアノの間では、もう次の音がどのように響くか、決定づけられているような印象を持ちました」(この同じ箇所をとさまさんとまじょるか魔女さんも引用なさっていますね)…土の器さんの細やかな感性とご筆致に感じ入りました。小山さんが曲に込める思いを、土の器さんのこの文章で再確認させていただいた気がします

「そしてそこにはそれぞれの極みとしての美の表現がなされ、その重層的な訴え・問いかけが迫って来る、…」…土の器さんのご投稿の、このくだりは、先日、書作品を鑑賞するポイントをあるテキストで読んだのですが、そこに書かれていたことにも通じていて、心に響きました。とさまさんのリプライともつながりますね。
 (テキストの中身は…書には、伝達などの実用面だけでなく、文字を書いた人の美意識が表現されている。草書体の崩し字や平安古筆の連綿など、読み解けない書に出会っても、無理して読もうとせず、書が語りかけてくれる美の特性を楽しく鑑賞しましょう、といった内容です。線質やリズム、全体の調和を見る、などいろいろな細かな楽しみ方の解説に続き、最後は「やはり知識も必要」という項でしめくくられて、ドキッ。「…書体の理解をもとに読解できると、いっそう楽しみが深まる。また、書流をはじめとする時代の書風を理解すれば、より深い鑑賞も可能になる」と書かれていました!)

小山さんのドレスの色、日本の色彩では「江戸紫」という名前なのですね。まじょるか魔女さん、教えていただきありがとうございます。

素晴らしい演奏を拝聴した後は、「たおやかな微笑み」を拝む。私達はなんて幸せなファンなのでしょう! 確かに、ホールも楽器も聴衆も毎回異なるわけですから、ほんとに大変なお仕事でしょうね。でも、小山さんは大丈夫。今回も、ピアノを弾く喜びと、音楽が大好きなお気持ちが、ひしひし伝わってきました。本編はもちろんですが、特にアンコール3つ目、即興曲90-4に入る前の小山さんの(最後にもう1曲弾いちゃおうかしら?の)表情に胸がいっぱいになりました。シューベルト作品に向けられた深い愛にも心を打たれます。

とさまさん、ファンサイトではいつも一人一人に細やかにお気遣いあふれるリプライをいただき、どうもありがとうございます。
それぞれの投稿番号入りであることにも感激します。そして、拍手にまつわる素晴らしいご体験をご紹介くださりありがとうございました。エリー・アメリングさんのシューベルト歌曲のリサイタル、アンコール曲が静かに終わり、少しの静寂を経て聞こえたのは、聴衆のお一人が発した感謝の言葉「Danke!」だった…。そして、それは会場の皆様に共通のお気持ちだったのですね。崇高で美しい光景ですね。
まじょるか魔女さんも、リーズ・ドゥ・ラ・サールの演奏会でのすてきなご体験をご紹介くださり、ありがとうございました。
いつか小山さんの演奏会で、静寂と感謝のひとときを皆で共有できますように。
Date: 2016/12/09/01:10:24 No.4646


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群馬交響楽団第523回定期演奏会
花葉
11月26日の公演は、2016年2月、大雪で中止になった再演として行われました。小山さんは大変素晴らしいラフマニノフのパガニーニの主題による協奏曲を演奏して下さいました。
11月は雪の心配はないと安心していた公演2日前、まさかの雪…否が応にも2年前の悪夢が蘇りましたが、支障なく開演し、ほっとしました。
客席はほぼ満員!前回の分まで倍返しならぬ倍聴き?する思いの雰囲気で一杯のように感じました。そして指揮のデスピノーサさんの繊細に作られた音楽のもとで、演奏される群響さんも熱がこもったものでした。
小山さんのピアノもそれに応え、雄々しく決然とした響きと、きらびやかな音がとても美しく、何より中止、再演をお気遣い下さった慈愛に満ちていました。その思いが第18変奏で満ちあふれているように感じ、「聴けて良かった!生きてて良かった!」と恥ずかしながら泣いてしまいました。一音一音心に染みる忘れられない演奏でした。
後半のショスタコーヴィッチ交響曲第5番も素晴らしく、第4楽章の最後は、再演できて良かった!という歓喜の盛り上がりのようでした。
前回の中止はどうにもならない残念な出来事でしたが、普段チケットを手にして会場に行って聴くという、当たり前の事が私にとってどれだけ幸せで愛おしいものであったのだと、この機会で分かる出来事となりました。
再演していただいた群響さん、小山さん、この公演に関わる全ての方々に感謝を申し上げたいと思います。
本当にどうもありがとうございました。

追伸
翌日の27日、地元紙の上毛新聞に「大雪で中止の群響定期、2年9ヵ月経て実現」と記事に掲載されました♪
Date: 2016/11/27/19:35:31 No.4640


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えびかんクラシカル・コンサート#29のご報告
ぴあのふぉるて
一昨日 11/23(水・祝)、海老名市文化会館大ホールで小山さんのピアノ・リサイタルを拝聴いたしました。感動の余韻に浸っております。
小山さんと同時代に生き、小山さんの生演奏を拝聴できる私たちは、ホントに幸運ですね。皆様も小山さんの魂から生まれる音楽に心を揺さぶられたことと思います。サイン会は長蛇の列でした。 

この日、小山さんのドレスは鮮やかな紫色。スカート周りのオーガンジー生地にはビーズがキラキラ輝いています。
プログラムはシューベルトの即興曲作品142-2から穏やかに始まります。続いて、作品90-2の美しさと悲しみが心に沁みました。

それから第22回「音の旅」でも聴かせていただいた、ソナタ第20番に三たび感動。小山さんの慈しみあふれる表情、大好きです。音の行方を確かめるように時おり遠くへ向けられる優しい眼差しも…。
今回、第4楽章に強く惹かれました。思わず笑みがこぼれるような心地のよいメロディに油断していると、中間部では恐ろしい低音が何かを訴えかけてきたり、再現部では何度か訪れる「間」に心を乱されたり、…不思議な魅力がいっぱいですね。そして最後に、迷いを吹っ切るようなアルペジョと和音に胸を打たれました。

プログラム後半はショパン作品:
まずは、夜想曲第2番と第13番。
その次は、アンダンテスピアナートと華麗なる大ポロネーズ。
この作品、今までそれほど興味はなかったのですが(ごめんなさい)、
この日の小山さんの演奏を拝聴して気持ちが変わりました。特に後半のポロネーズ部の、潔い奏楽が最高! 小山さんの鮮やかな指さばきと節回しに完全に心を奪われました。
31年前のショパンコンクールでも課題曲として演奏なさったかしらなどと考えていたら、涙があふれそうになりました。デビューアルバムにも収録されていますね。
熱い拍手ににこやかにお辞儀された後…
ピアノ協奏曲第2番より ラルゲット〈ピアノソロ版〉。
若きショパンの初々しい気持ちが瑞々しく奏でられました。(曲の最後、大切な静寂が不用意な拍手パラパラで破られて…ああ無念)
締めくくりは、英雄ポロネーズ。勇壮な音楽に心が満たされました。
(No.4637のミルキーままさんもこの曲がお好きなのですね)
小山さんの英雄ポロネーズで勇気百倍になりますね。

この日、特にプログラム後半のショパン作品群で、ピアノが生き生きと潤いのある音色で鳴り響き、前半の音色との違いに「ピアノは生き物」であることを実感いたしました。

第3部(アンコール)では、演奏に入られる前に、客席に向かって作品名をお知らせくださいました。
最初の曲は、「スクリャービンの左手のためのノクターン」…麗しい音色に聴き惚れました。言われなければ、左手だけで弾いているなんてわからないね、と拍手を贈りながら夫も感嘆していました。
それから、「シューベルトの即興曲作品90-3」 (CDライナーノーツによると〜「小山さんが「ナイーブの結晶」と表現した最愛の曲」) 小山さんの演奏は美しさの極みでした。曲を愛おしむお気持ちがこの曲をいっそう美しくしているのだと思います。
そしてなんと、最後にもう一曲!「同じく即興曲 90-4」を弾いてくださいました。

小山さん、素晴らしいリサイタルをどうもありがとうございました。
明日は群馬、明後日は京都、と演奏会が続きますね。
お身体にお気をつけて、がんばってください。

海老名でご一緒できたファン仲間の皆様、ありがとうございました。
またお会いできる日を楽しみにしております。
Date: 2016/11/25/12:57:45 No.4638


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無題
ミルキーまま
ショパンの英雄が、聞きたくて、コンサートに行きました。
とても、すばらしくて、本当によかったです。
アンコールに三回もこたえてくださり、優しいかただなとおもいました。美しく素敵なかたでした。
Date: 2016/11/23/21:40:03 No.4637


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「音の旅」から拡がるファンの輪:第22回〜心の歌〜 @オーチャードホールのご報告。
ぴあのふぉるて
12年間24回「音の旅」シリーズの第22回〜心の歌〜を、11/19(土)、オーチャードホールで拝聴いたしました。
「音の旅」シリーズは第10回から、夫と二人でお伴し始めました。
以来、小山さんの魅力を、機会あるごとに周囲に発信(というより小山さん熱を発散?)し続けていたところ、いつの間にか旅仲間が増えていたようです。
今回も、親しく交流させていただいているファン仲間の皆様をはじめ、多くの友人とそのお友達にお会いしました。(座席はそれぞれ別ですが…)総勢十数名!
大学時代の先輩、同期の友人、息子小学生時代からの友人二名、お友達お二人を誘って参加の友人、元PTA仲間、ママ友三人連れ、…。
皆様とごいっしょに小山実稚恵さんの世界に浸ることができまして、まことに嬉しゅうございました。

小山さんのドレスはイメージカラーの〈グレーベージュ〉。
前身頃に刺繍があしらわれ、スカートにちりばめられたビーズが時おりキラキラと輝いて美しい。

《ベートーヴェン:ソナタ第30番 作品109》
端正で優しいベートーヴェン、という印象を受けました。
どこまでも美しい質感の弱音が、心に沁みました。
そして、小山さんのドレスに煌めく星たちが、時空を超えた音楽の素晴らしさをいっそう感じさせてくれるのでした。

続いて《ブラームス:6つの小品集 作品118》
第1曲の出だし、それまで抑えていた情感が一気に溢れ出るような音楽と奏楽に感激。
小山さんを聴く喜びに心が満たされます。
第2曲の優しさと対比をなす第3曲バラードにも、すっかり心を奪われました。鮮やかで潔いスタッカートがすごい(小山さん来たぁ〜!)
不安気な第4曲と、優しい美しい第5曲をへて…
情熱と寂寞が胸に迫る第6曲。うめくような旋律と、深く鳴り響く重みのある和音が素晴らしかった!
さまざまな心情を塗り分けるために、小山さんの魔法の小箱にはいろいろな音色が常備されているのですね。

《シューベルト:ソナタ第20番》
かっちり整った印象の第1楽章、繊細な移り変わりに魅了されました。
哀愁あふれる第2楽章、鬼気迫る激情の吐露の後、再現部での愛おしそうな表情に、胸キュン。
第3楽章は一転して明るい躍動感に満ち、ここでも小山さんの凄さを実感。楽章ごとの、また曲想ごとの、鮮やかなコントラストにしびれます。
そして、第4楽章。あぁ、なんと心地よい美しい歌なのでしょう。ほんとに切ない。

小山さんの心尽しの演奏によって、どの作品からも作曲家の「心の歌」が切々と伝わってきました。また、今回は、奏者としての小山さんご自身の思いがいっそう色濃く表現されていたようにも感じられて、小山さんの「心の歌」に陶酔しました。
小山さんのステージは、まさに「一期一会」。ほんとに新鮮な音楽を、いとも自然に湧き出るように、聴かせてくださいますね。
そしてそれが可能なのは、小山さんの固い意志と、日々のたゆまぬ努力と、柔らかな笑顔があってこそ、と改めて感じ入りました。

小山さん、どうもありがとうございました。
アンコールにシューベルトの即興曲作品90-4と、シューマンのトロイメライも聴かせていただき、ありがとうございました。

旅のお伴を継続中の方も、初めての方も、久しぶりの方も、皆さま思い思いに小山さんの音楽を堪能されたことでしょう。
次回もまたご一緒できますように。
Date: 2016/11/21/17:29:23 No.4634

Re:「音の旅」から拡がるファンの輪:第22回〜心の歌〜 @オーチャードホールのご報告。
実稚恵さまの微笑み
ぴあのふぉるて様

地元東京でのリラックスした様子と落ち着いたとてもアットホームな雰囲気も感じられる、千秋楽を迎えたオーチャードのレポートありがとうございました。

全国を巡られた実稚恵さまを迎える皆様の温かい様子が目に浮かぶようです。

全国各地区のホールのステージやピアノ。聴衆そして実稚恵さま。ぴあのふぉるて様が仰っていた「一期一会」の演奏が皆さんの心を掴んで放さない・・・。

場所や時間。時空を包み込む温く豊かな「音の旅」のステージがそこにある。なんと幸せなことと思います。

また「音の旅」を、皆様方と共に歩んで参りたいと思います。
Date: 2016/11/22/23:01:24 No.4635

Re:「音の旅」から拡がるファンの輪:第22回〜心の歌〜 @オーチャードホールのご報告。
まじょるか魔女
小山さんの「心の歌」千秋楽@オーチャードホールの
ぴあのふぉるてさんの瑞々しいご投稿を嬉しく拝読しました。
旅仲間が増え続けて10数名の方とご一緒に聴かれたのですね。
小山さんも、強力な応援団の集うオーチャードホールで、相乗効果のみなぎるパワフルな奏楽を
されたことと想像しています。

*******
小山さんのステージは、まさに「一期一会」。ほんとに新鮮な音楽を、いとも自然に湧き出るように、
聴かせてくださいますね。
そしてそれが可能なのは、小山さんの固い意志と、日々のたゆまぬ努力と、
柔らかな笑顔があってこそ、と改めて感じ入りました。
*******
ぴあのふぉるてさんの仰る通りですね。

今日は、次回の「音の旅」@名古屋宗次ホールの予約チケットを受け取りました。
「くすんだ青緑」に浸る日を心待ちに、これからも
皆さまと共に 小山さんを応援していきたいと思います。
Date: 2016/11/22/23:05:27 No.4636


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「音の旅」第22回 大阪公演: 歴史的名演の定義に合致する素晴らしい演奏
とさま
★実稚恵さまの微笑み様:九州での小山さんの公演のご報告を拝読しました。大分からの移動、架線切断事故による停電の影響で大変でしたね。前半のプログラムに間に合わず本当に残念でしたね。12月の蘭島閣ギャラリーコンサートで、ブラームスの6つの小品作品118の中から、抜粋でも聴けるといいですね。各地で名演誉れ高いシューベルト…九州でも微笑み様は小山さんの演奏を満喫されたことでしょう。素敵なご感想から小山さんの素晴らしい演奏が伝わって参ります。有難うございました。

★皆さま
 第22回〔音の旅〕・・・各地で一期一会の素晴らしい演奏が繰り広げられています。大阪でも歴史に永く刻まれるべき大変な名演が産まれました。2016年11月13日 大阪いずみホールでの小山さんの公演のご報告です。


■ベートーヴェン作曲 ピアノソナタ第30番ホ長調作品109
 小山さんが設定された第3楽章の主題のテンポ(♩=47〜48)は理想的です。主題が孤立することなく全ての変奏と音楽的に繋がり、〔祈り〕、〔浄化〕といった静謐な佇まいを感じさせる楽想もあれば、〔生命の脈動〕を感じさせる楽想もあります。どこにも不自然さのない、ベートーヴェンの真情溢れる音楽が小山さんによって初めて全貌が明らかにされたのです。第4変奏の後半部分の情熱の滾(たぎ)りを表現するためのアーティキュレーショは素晴らしく、この楽章で唯一のffでは、全身全霊でベートーヴェンの想いが語られます。そして第6変奏の感動的なクライマックスを経て回想する主題…小山さんは、平安の中での新しい世界に向けた決意の表明でもあるかのように、いつもより明晰な表現をなさいました。


■ブラームス作曲 「6つの小品 作品118」
 6曲全てが弱奏で終わる作品118…第1曲、第2曲、第5曲、第6曲の終わり方は、和音終止(第1曲、第5曲)かアルペジオ終止(第2曲、第6曲)のいずれかです。一方、第3曲と第4曲の終結部は単純終止ではなく、小山さんはブラームスのその意図を汲まれ、心の奥底まで沁み入るような美しさの極みとも言える奏楽をなさいました。これは聴き所です。

 第6曲「間奏曲」変ホ短調…情熱が沸騰する中間部の凄絶な小山さんの演奏…2つのffのクライマックスを経て、なおも気持ちが高揚して最後に到達する頂点でのsff(スフォルツァティッシモ:その音だけをきわめて強く)の重厚な和音による絶叫…これ以上劇的かつ音楽的に勁い(つよい)音を求め、それを体現したピアニストを知りません。曲の末尾で登場する同じsffの和音もかつて聴いたことのない凄絶な勁い音でしたが、それは運命に逆らえない悲哀に充ちた叫び声のように聴こえました。

 小山さんの演奏は、少なくとも私が知る限り、古今東西のどのピアニストの演奏をも凌駕する歴史的な名演であった、と断言することができます。


■シューベルト作曲 「ピアノソナタ第20番イ長調 D959」
 全てが音楽のようなシューベルト…小山さんの独壇場です。

≪第1楽章:アレグロ イ長調≫
 冒頭の第1主題は歌というよりメッセージのように始まります。全音符→2分音符→4分音符→8分音符と音符が細分化するのは、ベートーヴェンの作品109の第3楽章・第6変奏のようです。活き活きとした経過句を経て登場するホ長調の第2主題の平安で優しい楽想は、同じ調号のベートーヴェンの作品109と通じるところがあります。曲は、シューベルトらしい美しい歌を基本としますが、劇的な表現にも事欠かず、本当に魅力的な音楽です。

 第2主題を素材として使った起伏の大きい展開部も素晴らしいですが、フェルマータ付き全休符の後からのコーダの見事さに唖然とします。曲頭ではエネルギーに満ち溢れていた第1主題が、コーダでは密やかに語るように演奏され、広い音域での転調を伴うアルペジオ風の分散三連和音が殊の外美しく、そして上下行の分散三連音と主和音で豊かな余韻の中で楽章を結びます。祈りの音楽のようで、小山さんとシューベルトとの対話が聞こえるかのようでした。

≪第2楽章:アンダンティーノ 嬰ヘ短調≫
 ブラームスの作品118の6の冒頭左手に現れたいわゆる減七(げんしち)和音が、シューベルトでは第2楽章の中間の嵐のような不吉な音楽で多用されます。苦悩や哀しみを表現する減七和音…通常は何らかの音楽的経過句を経て、例えば長調に落ち着くなどして克服されるものです(「解決される」とよく言われます)。ところが、シューベルトは解決することなく、ハ短調に移行してしまい、苦悩が益々深まるような音楽を書いているのです。音楽は激情していき、最後はffzの和音でクラッシュのように壁に衝突して突然停止します。一瞬の静寂を迎え、クラッシュと静寂が3回繰り返されます。その後は、爆発的な感情を発露する気力は無くなり、力尽きたかのように沈潜していきます。ブラームスの作品118の6の中間部と同様に、小山さん以上にシューベルトの魂の叫びを表現しえたピアニストを他に容易に見出すことができません。

≪第3楽章:アレグロ・ヴィヴァーチェ イ長調≫
 跳躍音形を多用した闊達なスケルツォ楽章で、陰鬱だった第2楽章の後に聴くと、救われた気持ちになります。ニ長調の中間部(トリオ)の右手と左手の対話風楽想の小山さんの奏楽は実に魅力的です。

≪第4楽章:ロンド アレグレット イ長調≫
 小山さんが奏する慈愛に充ちた温かみのある第1主題を聴いていると心が純化されていくように感じます。同時に、幸せな気持ちがじわじわと作られていくかのようです。小山さんが、決して揺るがない理想的なテンポで、一音一音に魂を込めて優しく、しかし勁く(つよく=しなやかに強く)演奏されているからこそ体験できることです。

 ただ優しく温かいだけでなく、生命力にも溢れ、劇的な展開も盛り込まれ、純音楽作品としての魅力を高めています。第1楽章と同様に、楽章の終わり近くで、フェルマータ付き全休止が現れ、その後、大規模なコーダ(A及びB)に移行します。コーダAでは、第1主題が再現しますが、音楽の流れは、度々(都合5回)、全休止で中断します。そして、コーダBはプレスト…小山さんの名技が冴えわたります。小山さんによる、右手の晴れやかな8分3連符の連続奏楽と左手の重厚感溢れる迫力ある奏楽との音楽的融合の見事さに言葉を失います。fz(フォルツァンド:強くアクセントをつけて)の4つの重厚な和音でクライマックスを築いた後、またもや全休止による静寂が訪れます。その後、第1主題の断片が名残惜しむように現れ、一瞬の休符を置いて、小山さんは、アルペジオ風の分散8分三連音の上行スケール(ff)を思いっきり明るく輝かしく奏されました。その素晴らしく鮮やかな奏楽を受け、最後は、第1楽章冒頭の楽想から派生している、力強い和音の連打となって全曲が結ばれます。

 コーダにおける小山さんの肯定感に充ちた奏楽は、死を目前としたシューベルトの内面の葛藤や苦悩(第2楽章で噴出した絶望的想念)を払拭するものでした。しかし、同時に小山さんも私達も、シューベルトの哀しい運命を知っていますので、明るく、輝かしく肯定的に演奏されればされるほど哀しさで胸が一杯になってしまうのです。このコーダで涙を誘う演奏をするピアニストは本当に希有でしょう。


■歴史的名演とは?…各地で歴史に残る名演奏を小山さんは繰り広げていらっしゃいます。「歴史的名演」の定義は色々あると思います。キズの全くないコンピュータのように正確な演奏からは「歴史的名演」は産まれません。私の定義は「曲が新しい生命を帯びて生まれ変わるような演奏」です。もっと世俗的に言えば「他の奏者で同じ曲を聴くことができなくなるような演奏」です。そして今回のプログラムに対しては「生きていた時代にはどんなに苦難に充ちた運命を背負っていたとしても、天国にいる作曲家が、今、心安らかに聴いてくれそうな演奏」を名演奏の定義として付け加えたいです。その意味でも、小山さんの演奏は「歴史的名演」です。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜
★★小山さんへ:ベートーヴェンの作品109の第3楽章の主題…小山さんが設定されたテンポ(♩=48前後)は本当に素晴らしいです。ベートーヴェンのピアノソナタの中で最も好きな楽章を小山さんの名演奏で聴けて幸福です。ブラームスの作品118、特に第6曲は、他のピアニストでの演奏を聴くことが困難になるほど、衝撃的な演奏でした。そしてシューベルトのD959…小山さんの紡ぐ音にシューベルトは微笑んだことでしょう。最後の和音はシンプルなのに、小山さんがご自身の想いを込められたかもしれない、「感謝」、「祈り」、「救い」、「希望」など様々な想いが去来し、涙しました。深く感謝しています。有難うございました。

とさま

Date: 2016/11/14/02:24:01 No.4628

Re:「音の旅」第22回 大阪公演: 歴史的名演の定義に合致する素晴らしい演奏
まじょるか魔女
「私たちファンの歳時記」と、「実稚恵さまの微笑み」様のお言葉通りの
小山さんの「音の旅」シリーズ。
微笑みさん、福岡では開演に間に合わず本当に残念でしたね。
アクティブな微笑みさんのことですから、これからどこかできっと
小山さんのライヴに遭遇されることと思います。
シューベルトのご感想に深く感じ入りました。
「心の歌」の曲目は歳を重ねるごとに味わい深くなるように思います。
「何度も何度も聴きこむことで、もっと深い心を感じることができるのだろうか。。」
何年かのちにふと、また聴きたくなるのかも・・・という予感がしますね。
12月7日発売のCD「カンタービレ」楽しみですね。
カンタービレ(歌うように)・・・小山さんにぴったりです。
お話しされる声も歌われているように優しく温かですね。

名古屋での「音の旅」があまりに素晴らしく、11月13日の大阪いずみホールにプチ遠征しました。
同じ回の「音の旅」を2会場で拝聴するのは初めてのことです。
同じ曲目でこうも違うものか、とある意味衝撃を受けました。
もちろん「みんな違ってみんないい」なのですが、まずピアノの音色。
小山さんのピアノの音色は、岐阜ではしっとりじんわり、大阪ではほろほろ、と感じました。
「シューベルトを和菓子に喩えると、岐阜の栗きんとんでしょうか」と、
嬉しいコメント(魔女は岐阜県民)を以前、小山さんは仰っていたのですね。
栗きんとんには二大派閥があって、それが「しっとり派」と「ほろほろ派」なんですね。
あらら、何の話でしょうか(^_^;)

300席ほどの名古屋宗次ホールは、covariant さん、ぴあのふぉるてさんがコメントされたように
「音のカプセル」、「ホールも楽器」のように感じられます。(4554  4555)
800席ほどの大阪いずみホールは親密さを保ちながらも、ステージと聴衆との位置関係は明確で、
小山さんの「伝えたい」思いがより勁く発信されてくるベクトルの力を感じました。
大阪という「場の力」も作用しているのでしょうか。
名古屋よりアグレッシブに、全身で音楽をされていらっしゃいました。
「今日の 小山さん、攻めてはるわ〜 (゚∀゚≡;」(大阪のオバチャン)
「ステージ」がリアルに意識されるホールで、小山さんがピアノと共に音楽劇を演じていらっしゃる
ような思いになる場面もありました。
最後の一音を愛おしみピアノを抱きかかえるような両腕のかたち。
渾身の打鍵に合わせて空を舞う 小山さんの美しい髪。

「聴く私たち」をリアルに感じる初めての経験もありました。
「がまんできるんちゃうか」という咳や、鈴の音には厳しい魔女ですが・・・
シューベルト第2楽章の激しい嵐の果てのクラッシュの後の空間で「ふー」と息をされている方が
いたのです。
2回目も「ふー」、3回目も「ふー」、クラッシュの瞬間で息を呑まれたのでしょうね。
何だか同感してしまいました。
小山さんの演奏の凄まじさを改めて実感しました。

シューベルトの最後の音を輝かしく打鍵され、両手を高く揚げられて・・・
静かに膝にゆっくり降ろされました。
1階席からも、2階席からも「ブラヴォ〜」の歓声。
壮絶な演奏をされたばかりと思えないような、チャーミングな笑顔とお辞儀で何回もカーテンコール
され、アンコールは、シューベルト:即興曲90−4 と、シューマン:トロイメライ を奏でられました。
秋空に吸い込まれていくようなシューベルトでまた「ブラヴォ〜」の歓声。
そして、しっとりとトロイメライの旋律が歌われます。
シューマンはトロイメライを「子供心を描いた、大人のための作品」と語ったのですね。

会場に拡がった 小山さんの「心の歌」、作曲家の「心の歌」、拝聴する私たちの「心の歌」が
静かに 小山さんの手の中に集まっていくかのようです。
小山さんは最後の一音を慈しむように打鍵され、白いハンカチに「心の歌」を
そっと包んで行かれました。

大阪には、実家の母と、職場の先輩を誘って行きました。
「ピアノという楽器の認識が変わったわ。ハンマーで打つようなフォルテから、繊細なピアニシモまで、こんなにいろいろな音が出る楽器なのね」
「小山さんはすごいピアニストさんなのに、謙虚でお人柄がよくて素晴らしいわ」(母)
「エレガントな印象なのに、ピアノに向かうと力強くて、そのギャップが素敵」(先輩)
・・・そうでしょそうでしょ、と嬉しく頷きます。
「哲学的なピアノね。男性ファンが多いのが分かるような」(先輩)
そうですね、何回でも聴いてもっと深く味わいたくなりますね。

小山さん、「一期一会」の意味をこれほど実感したことはありません。
とさまさんの仰る「歴史的名演」を名古屋、大阪で拝聴できて幸せです。
本当に有り難うございました。
Date: 2016/11/15/00:46:56 No.4629

Re:「音の旅」第22回 大阪公演: 歴史的名演の定義に合致する素晴らしい演奏
実稚恵さまの微笑み
とさまさま、まじょるか魔女さま 突然のリプライ失礼いたします。 今回の私のレポートが波紋を呼び?皆様方に、こんなに取り上げられるとは想像もしておりませんでした。大変、恐縮で面はゆく感じております。本当に申し訳ないことと存じます。

私は、とさまさまほどの緻密な音楽的な分析は、素養も持ち合わせておりませんので全く不可能ですが、実稚恵さまの演奏に関しては何かこう言葉が湧いてくるような感じがしております。それは、毎回、演奏前に実稚恵さまが仰られるお言葉や、プログラムに記されている実稚恵さまご自身の解釈等により初めて感じることができるようにも思うのですが、やはり全国のファンの皆さんのために毎日精進され心を込めて弾いてくださるからだと、偉そうな見方ですが思っております。

まじょるか魔女さま、私の拙文に温かいご感想をいただき恥じ入るばかりでございます。ちょっと前までは、「音の旅」は九州2会場開催で、予習、復習?ができていたのですが確かに会場の雰囲気は違いますね。実稚恵さまのテンション?の高さは博多の方で感じていましたし、北九州は、落ち着いてホールの音響も素晴らしくじっくりと聴くことができていたように思います。

「心の歌」が静かに 小山さんの手の中に集まっていくかのようです。小山さんは最後の一音を慈しむように打鍵され、白いハンカチに「心の歌」をそっと包んで行かれました。」

この素晴らしい文章に実稚恵さまの演奏を聴く醍醐味がすべて凝縮されているように思います。この感動を味合うがためにホールへ足を運んでいるのだと強く感じました。

皆さまのように、実稚恵さまの演奏に触れる機会は多くありませんが、これからもファンとして心震えるような演奏に接し続けていたいと思います。

Date: 2016/11/15/23:29:43 No.4630

Re:
まじょるか魔女
実稚恵さまの微笑み様、温かなリプライを有り難うございます。
小山さんの「音の旅」は以前は九州でスタートすることが多かったですね。
微笑みさんの丁寧で臨場感いっぱいのご報告に「予習」をさせていただいていました。
今は「音の旅路」がその時々で異なり「復習」させていただくことも・・・
微笑みさんがご検討されている 瀬戸内海に浮かぶ下鎌苅島での蘭島閣ギャラリーコンサート、
過去2回訪問されたのですね。(2929、3316)
気になる場所ですので、ご投稿を偶然見つけて嬉しく拝読していました。

住まいは遠く離れていても、ファンサイトの管理人まさとさんのおかげで
このようにお話しすることができて感謝しています。
小山さんの演奏は語り合いたくなる魅力に満ちていますね。
これからも、全国各地思い思いの言葉での「小山さん賛歌」の交流を楽しみにしています。
Date: 2016/11/18/21:52:58 No.4632

Re:「音の旅」第22回 大阪公演: 歴史的名演の定義に合致する素晴らしい演奏
とさま
実稚恵さまの微笑み様へ

温かいリプライを頂戴し、恐縮しながらも大変嬉しいく思います。有難うございます。

音楽作品は奏者がいないと何も始まりませんね。楽譜は同じでも、奏者によって出てくる音楽は千差万別ですね。なので、色々な奏者の演奏を聴き比べると、その曲の姿が一部現れてくるような気がしています。そうした中で、小山さんの奏楽は、非常に多くの聴き手を魅了して止みません。それは、作曲家の想念や魂が聴き手の心の奥深くまで沁み入るからだと思います。

本当にいつも感動し、嬉しいと思うのは、小山さんのファンの皆様が、それぞれご自分の言葉で、感動を綴って下さっていることです。音楽は、言葉では表現できるものではないのですが、語らずにはいられないのが小山さんの音楽なのでしょう。

もう随分前、2年以上前に、落語ソムリエの広瀬和生さんのお話しを紹介する拙文をファンサイトに投稿しました(No.4217)。広瀬さん、落語の名人(レジェンド)について

【名人の条件は「客を毎回わくわくさせること」、「また次も行こうと思わせること」。ある程度追っかけたら、「もういいかな」と思わせるようでは名人にはなりえない。】
【落語ファンは、いい高座に接すると「今日はここが良かったね」「あそこ変えていたね」などと語り合いたくなる。】
【「名人」とは結局、その人の芸について「語りたくなる」人。どれだけ有名でも、ファンに「語りたい」と思わせない人は、名人にはなれません。】

と言った趣旨の投稿を朝日新聞(2014年4月18日)にされていました。

〔名人〕を〔名ピアニスト〕に、〔落語ファン〕を〔ピアノ音楽ファン〕に置き換えると、次の普遍的な式が成立します(笑):

〔名ピアニスト〕=〔小山さん〕

実稚恵さまの微笑み様のお言葉=「実稚恵さまの演奏に関しては何かこう言葉が湧いてくるような感じがしております。」は、小山さんのシューベルト演奏をお聴きになられて語らずにはいられなくなられたのですね。小山さんは名ピア二ストですからね。

また「この素晴らしい文章(まじょるか魔女さんの文章)に実稚恵さまの演奏を聴く醍醐味がすべて凝縮されているように思います。この感動を味合うがためにホールへ足を運んでいるのだと強く感じました。」というお言葉、「これからもファンとして心震えるような演奏に接し続けたいと思います」という素晴らしいお言葉・・・小山さんがそうあって欲しいと願っておられることだと思いますので、小山さん お喜びだと思います。広瀬さんの仰っていることと根を一にしますが、実稚恵さまの微笑み様が、ファン共通の想いを綴っていただき感謝しています。

いつの日か、どこかの会場でお目にかかり、小山さんについて語り合うことができればいいですね。他のファンの皆様とも一緒に。

有難うございました。

とさま
Date: 2016/11/19/11:51:44 No.4633


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