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紫綬褒章ご受章おめでとうございます
ぴあのふぉるて
小山さん(高橋実稚恵さん)、紫綬褒章ご受章おめでとうございます。

今朝、実家から小山さんのご受章を知らせる電話連絡がありました。
小山さんを尊敬し、「小山さんは近い将来、間違いなく紫綬褒章を受章なさるだろう」と、かなり前から予言?していた父は、電話の途中で感極まって声を詰まらせていました。

アルバムデビュー30周年記念新譜の録音、ご著書のご出版、12年間24回リサイタルシリーズの完結、などお祝い事が続く記念の年は、紫綬褒章ご受章という輝かしいコーダが待っていたのですね!
本当におめでとうございます。心よりお祝い申し上げます。ファン冥利に尽きます。
小山さんのご健康とますますのご活躍をお祈りしております。
Date: 2017/11/02/10:01:03 No.4771

Re:紫綬褒章ご受章おめでとうございます
とさま
小山さんへ

紫綬褒章のご受章 誠におめでとうございます!
こちら仙台の河北新報でも、仙台ご出身の小山さんの受章を讃えた記事が載りました。小山さんの音楽を愛する全ての人にとって、この報は大きな歓びです。

小山さんのご受章は当然ではありますが、紫綬褒章の受章件数は少なく、クラシックの音楽家の受章もこれまで多くはありませんでした。特にピアニストでいらっしゃる小山さんが受章されたことは、ピアノ音楽の愛好家にとっても、嬉しいことかと思います。

これからもピアノ演奏という尊くかつ気高い活動を通じて、作曲家の魂の音楽をお届け下さい。小山さんの音楽を聴くと、多くの人が勇気と活力とを得ることができ、そして幸せになることができます。

この度は、誠におめでとうございます。

とさま
Date: 2017/11/02/16:09:23 No.4772

Re:紫綬褒章ご受章おめでとうございます
まじょるか魔女
小山さん、紫綬褒章のご受章おめでとうございます。一歩ずつピアノの道を歩んで来られたご努力の積み重ねの賜物と、心より尊敬しお祝い申し上げます。

ぴあのふぉるてさん、ニュースをいち早くお知らせいただき有り難うございます。お父様は、小山さんのご受章を以前から確信されていたのですね。
とさまさんが仰るように、小山さんの音楽を聴くと幸せで前向きなパワーをいただけて、いつも感謝しています。こうしてファン仲間でお祝いできること、本当に嬉しいです。

小山さんの実績がしっかり讃えられながら、「音の旅」最終回の千秋楽を迎えられるという素晴らしい流れは、まさに輝かしいコーダですね。
小山さん、お身体どうぞ大切に‥新しい音の旅の日々も豊かなものでありますように。
Date: 2017/11/02/20:20:10 No.4774

Re:紫綬褒章ご受章おめでとうございます
covariant
紫綬褒章ご受章、おめでとうございます。

ファン仲間の皆様の適切なお祝いの言葉に、なかなか付け足せる言葉を持ち合わせては居ません。(^^; つまり、皆様のお祝いの言葉に、全く同感です。
勿論人の評価をする資格など無い小生ですが、この場に集い皆様との絆を持てた時から、小山さんがこのような褒章を得られるであろうことは、私の中でも自明の事です。

そしてそのような方でありながら、ピアノ聴衆をはじめ、小山さんに接する皆さんや、私達に対する謙虚で優しいお姿に、私達は益々尊崇の念を抱いております。きっと小山さんには、これまで培った自信と共に、ご自身の限界をもはっきりと見定める認識を持っていらっしゃる。それだからこそ心から謙虚になられるのだと私は想像し、まさにそのことが、私には尊敬すべき由縁となっております。

「ピアノの詩人」というのは、ショパンにつけられた形容と存じますが、今や小山さんはピアノ演奏家として、さまざまな作曲家の思いを表現できる音の詩人であり、そして語られる事は、少なくとも私には哲学者です。
これからも人々の前で、大いに演奏していただき、そして時には語ってもいただきたく、益々のご健康とご活躍をお祈り致します。
Date: 2017/11/03/14:23:40 No.4775

Re:紫綬褒章ご受章おめでとうございます
土の器
小山実稚恵様

紫綬褒章のご受賞、なんて嬉しいお知らせでしょう。紫綬褒章が、私の中で更にさらに“重み”を増しました。遅ればせながら、心よりお祝い申し上げます。
お名前に、大きく豊かなご成長を願うご両親様のお気持ちを感じておりましたが、この度のご受賞はなんと眩しく、そしてどんなにかお慶びのことでございましょう。
創世記に「神が『すべてよし』とされた」との言葉がありますが、この言葉がそのままそっくり小山さんにお似合い!です(^^)。
ここに至られるまでの全てが、祝されました。本当におめでとうございます。
Date: 2017/11/12/07:59:17 No.4776


▲Top

永遠の時は内側から銀に輝く 〜小山さんの「音の旅」の終わりに〜
まじょるか魔女
10月28日(土)、名古屋宗次ホールにて、「音の旅」最終回を拝聴しました。
名古屋は、福岡、仙台と同じく雨でした。
小山さんは、シルバーのビジューが付いたモーブ(すみれ色)のドレスを纏って登場され、マイクをお持ちになり、演奏前にお話をしてくださいました。
第13回に初めて「音の旅」を拝聴したとき、小山さんが曲目の解説をしてくださったことに驚いたものです。
偉大なピアニストである 小山さんが控えめに、はにかむように曲の素晴らしさを語られるお姿に一気にファンになりました。それに続くベートーヴェン「月光」では、今まで聴いてきた曲は何だったのか、初めて聴く曲のような
衝撃に椅子からしばらく立ち上がれず、確信的なファンになったのでした。

「無人島に一つだけ持っていくならバッハの平均律クラヴィーア曲集の楽譜」と仰るくらい大切にされている 
バッハの調べがホールを満たしていきます。
白から始まった「音の旅」が様々な色に染められ、内側から滲む銀色に輝く最終回。
バッハの曲は旅の終わりの港が見えて、心を浄める神社の手水舎のような作用をしてくれます。
シューマン、ブラームス、ショパンは、小山さんが「本質的な種」と表現された、至高の音楽のかたちがありました。
「嘆きの」子守唄、「大人のための」子守唄からは、ベートーヴェンへの繋がりを予感します。

ベートーヴェン第32番ソナタ。「音の旅」で、30番、31番、32番と続けて拝聴して、この3曲がひとつの星座であると受けとめました。
儚げに始まる30番、しみじみとかみしめるような31番。そして、32番はふたつの楽章のコントラストが
ベートーヴェンが駆け抜けた生涯全てを物語っているかのようです。
第1楽章は「走馬灯、不屈の意思」、第2楽章は「天国への階段と、再生への祈り」。ベートーヴェンは、この曲を
通して此岸から彼岸へ渡ったのですね。
第2楽章の新しい命を象徴するトリルは 小山さんが時空を超えて、ベートーヴェンに寄り添うかのように
奏でられました。
生命の細胞がふるふると誕生の時を待っています。ホール上空から音粒が煌めきながら降ってきます。
ステージは全てが解放され大きな愛に包まれる神々の土地。眩しい光は客席に拡がっていきます。
小山さんがシリーズのプログラム構想に着手されたころから、「第24回の最終回には必ず演奏しようと
決めていました。今日までその気持ちが揺らいだことは、一度もありませんでした。」と仰るベートーヴェンの
最後のピアノソナタ。「音の旅」半ばには、小山さんの生まれ故郷の東北が地震にみまわれ、多くの尊い命が天に召されました。
祈りを込めたトリルが続きます。新しい命、甦り生まれ変わる命の細胞が震えながら徐々に大きくなっていきます。
神聖なときに臨場し呼吸することも憚られます。崇高な旋律のなかで、神の祝福のように左手「ミドミソーファ」の
音色(164小節〜165小節)が天から降りてきます。
宇宙との交信のようなトリルのなかでも、sfの息吹が前へ前へ・・・と命の賛歌の響きを支えます。

「癒しでなく、生きる勇気を」。仙台での『こどもの夢ひろば』にかける 小山さんのメッセージが音になり、
語りかけます。
24回にわたる「音の旅」の集大成として、フィナーレの曲で音楽の大きな輪廻の環が完成したのです。
ベートーヴェンは会場の片隅に佇み、静かに涙されていたことでしょう。
あえてジェンダーフリーでない表現になりますが、小山さんの第1楽章始まりの鍵盤に触れる前の凄まじい「気」、
くい込むような打鍵、音塊のスパークは、誰よりも雄々しかったです。
そして、密やかなトリルは誰よりも女性らしかったです。いえ、アンドロギュノスというよりは、男性女性を超えた
「人間」としての 小山さんを深々と感じました。
それは、ベートーヴェンが表現したかった音楽に他ならないのではないでしょうか。

言葉の要らない音楽により表された人間の業と魂の浄化、そして、再生の予感。
最後のハ長調の和音が天に昇り、ホールは真空になり・・・小山さんは旅の終わりの息をつかれました。
静寂ののちの、拍手。
小山さんはお辞儀をされて、じっと客席をご覧になったのです。その時の表情は「この曲を目指して歩んできた
12年間の音の旅が今終わりました」と仰っているかのように感じました。
310席の宗次ホールはブラヴォーの声を出すことも憚られるような空気に包まれていました。

アンコールは、バッハ:平均律第1巻第2番ハ短調フーガ、そして、シューマン:アラベスク。
第1回の始まりの曲であるアラベスクの演奏により、「音の旅」輪廻の環が繋がりました。
ひとつの終わりは新たな始まり。小山さんの眼差しは、次は何を求められるのでしょうか。

今回は、「実稚恵さまの微笑み」さん@大分、covariantさん@金沢、とさまさん@仙台、ぴあのふぉるてさん
@東京、ピア友と魔女@岐阜、6名で 小山さんの旅のお供をすることができました。かけがえのない時間を
共有できた幸せに感謝しています。
第13回をひとりで拝聴してから、ご縁の環が拡がり、「小山さん賛歌」を語り合える方々が増えて「音の旅」を
通じて交流ができたこと、これもひとえに 小山さんの音楽の求心力のおかげと改めて御礼を申し上げたいと
思います。
ピアノの調律ご担当の方、小山さんのサイン会などに付き添われる方、「音の旅」に関わられるスタッフの皆さま、
小山さんの最高の演奏のためにご尽力いただき誠に有り難うございます。

銀色は金色と同じく、混色できない唯一無二の色です。
白よりもさらに質感と深みをもつ特別な色。内面から輝いていらっしゃる 小山さんのようですね。
新しい旅立ちを迎える 小山さんを、これからも皆さまと共に応援していきたいと願っています。
言葉に尽くせない感謝の気持ちを込めて、本当に有り難うございました。
Date: 2017/10/29/21:59:08 No.4767

Re:永遠の時は内側から銀に輝く 〜小山さんの「音の旅」の終わりに〜
covariant
「小山実稚恵の世界」24回シリーズも、私には最終となる名古屋宗次ホールでの感動をお伝えするに際し、まじょるか魔女さんの、またしても素晴らしい文章に救われております。(^^;

少年時代に大学の哲学科が何で理学部ではなくて文学部にあるんだ?と大変不満であった小生にとりまして、J.S.バッハの曲がとても数学的であるということには解説抜きでも納得できるのですが、最晩年のシューベルトやベートーヴェンのピアノソナタに人生の苦悩と解放や魂の昇華が反映されていると言われても、俄かには捉えられなかったような無粋者でございます。(^^;

しかし、シューベルトのピアノソナタ第21番とベートーヴェンのピアノソナタ第30番〜第32番は、
とさま様の解説(本ファンサイトでも、No.4714、No.4739、No.4764、No.4765 など)と、YouTube等での予習を踏まえて小山さんの生演奏を拝聴した今、最も聴きたい音楽になっています。
そしてそれは、とさま様仰るとおり、小山さんの演奏でなければならないのです。
それぞれの作曲家が思いを籠めた楽譜を読み取り、それをご自身の身体に覚えこませて実に的確に表現されている小山さんのその生演奏に、宗次ホールでは至近距離で触れることができました。本当に圧倒され、敬虔になりました。

現在私は、NHKラジオ第2放送「こころをよむ」シリーズの、霊長類学者松沢哲郎博士『心の進化をさぐる』(10月〜12月毎日曜 6:45〜7:25 ほか再放送もあり)を拝聴しています。松沢博士は主にチンパンジーの研究を通して霊長類学を開拓されてきた方ですが、心の進化の産物として、この先、芸術も取り上げられる予定になっています。唐突に聞こえるかも知れませんが、私は今回の小山さんのベートーヴェン最晩年の演奏に触れると、崇高さと共に、チンパンジーにも発現しているこの最もプリミティブな芸術、魂の根源、その根幹にも触れられる気がします。だから涙が出るのです。

現在の私はまた、難病を抱える方々と触れ合っています。その方々は、コンサートやリサイタルには殆ど参加できません。そういう方々に、小山さんの演奏によるべートーヴェン最晩年のピアノソナタを届けたい、という思いで一杯です。
どんな人も、それぞれに与えられた条件(運命)で精一杯生きることが、その人の人生の歓びになるのだ、と最近の私は確信しています。そのような歓びを分かち合うためにも、小山さんの演奏録音を是非にとお待ちしています。

そして、小山さんの尊い演奏活動を通して、こうして私達ファンの絆も深まっていることに、ほんとうに感謝申し上げます。
Date: 2017/10/30/09:05:51 No.4768

Re:永遠の時は内側から銀に輝く 〜小山さんの「音の旅」の終わりに〜
実稚恵さまの微笑み
まじょるか魔女さま covariantさま

最終回にして初めての名古屋。

うかがったホールは、大都市でありながら音の旅シリーズ公演ホールの中では最小の客席数。
しかしながら観客とステージの距離も至近でしかも、高さもないために見上げることなく実稚恵さまの演奏をお聴きすることができる輝かしい響きの稀少なホールでした。

今公演2回目の実稚恵さまとの再会を常連(笑)とも言えるファンの皆様方とご一緒に果たすことができました。

今回はベートヴェンのピアノソナタ第2楽章の第2、第3変奏の強烈なビート感、グルーヴ感が印象に残りました。ダイナミックというかスケール感というかクラシックでは、お目にかかることのない演奏がホールに満ち溢れました。

その対比か、後半のトリルに導かれた極致の美しさとも言える旋律から、下降音形の繰り返しを経て、静かにしかし揺るぎない実稚恵さまの圧倒的な存在感をもって吸い込まれるように迎える終曲部分。。博多公演と同様に感動と感銘で涙が滲むようでした。

「演奏後、小山さんと聴衆で無言の対話が交わされていた・・」まさに、そのような至福の沈黙に身を委ねる幸せを感じました。

実稚恵さま本当にありがとうございます。

そして同行いただきました皆さま大変お世話になりました。
Date: 2017/10/30/15:02:25 No.4769

Re:永遠の時は内側から銀に輝く 〜小山さんの「音の旅」の終わりに〜
ぴあのふぉるて
一昨日10/28、「音の旅」最終回〜永遠の時を刻む〜を、ファン仲間の皆様とご一緒に、宗次ホールで拝聴いたしました。

バッハ、シューマン、ブラームス、ショパンの作品と、ベートーヴェンの最後のソナタで構成されたプログラムは、格別でした。
それぞれの作曲家の生の声が聴こえ、姿まで見えたような気がします。小山さんのピアノ愛と作曲家への尊敬が、深く心に染み入りました。

美しい深みのある銀色のドレスでステージに登場なさった小山さんは、すぐにお話に入られました。
あっという間に、もう12年経ってしまったこと、その間に人生を考えさせられる出来事もあったこと、最終回まで続けられて幸せ、とこれまでの歳月に思いを馳せて静かにお話しなさるお姿は、いつもの可愛い小山さんですが、にじみ出る謙虚なお人柄と気高いお心に感銘を受けました。
今回のプログラム選曲の背景や、作品の特徴、それぞれの作曲家への思いもご披露いただき、ありがたく拝聴しました。

最終回のプログラム、最初の曲は、バッハ:平均律クラヴィーア曲集 第1巻より 第1番。心が洗われるような美しさです。
小山さんにとってバッハは「大きな存在」。「時間を超えて常に新しさがある」、「常に興味が尽きない」作曲家で、無人島に何か一つ持っていくなら「バッハの平均律がいいかなぁ」と冒頭でお話しくださった、そのお気持ちがそのまま、演奏に込められていましたね。

続くはシューマン:3つの幻想的小品 作品111。
「音の旅」シリーズ「二人の軸」の一人、シューマンの晩年のこの作品は聴いたことのない曲でしたが、情熱と独特の魅力に満ちて、やっぱりシューマンそのものでした。

それから、「人間としての深さ、懐の大きさに惹かれる」とご紹介くださった、ブラームス最晩年の作品「3つの間奏曲 作品117」を深い、ふくよかな音色で演奏なさいました。
悲しみや苦しさは「優しく、慎ましやか」に語られるといっそう身に沁みるのだと感じました。本当に切なくて胸が痛みますね。

休憩を挟み、プログラム後半は、もう一人の軸となったショパンの作品が奏されました。「最後のノクターン第18番」は、激しささえも気品に満ちて、誠に美しい作品でした。
「単純なんですけれど美しい、ピアノという楽器も生かされている」と解説していただいた「子守歌」は、清らかで優しくて、ピアノを聴く喜びを満たしてくれますね。
小山さんが「調性を超えた世界に入っていたのでは?」とおっしゃった、マズルカ第49番は、哀しくて美しくて、本当に「魂が浮遊していく世界に誘われるよう」でした。

12年間24回リサイタルシリーズを締めくくる作品は、小山さんが特別な思いをもってシリーズ企画当初から最終回で演奏すると決めておられた、ベートーヴェンのピアノソナタ第32番 作品111です。
小山さんは凄まじくて美しい、奇跡の演奏をなさいました。尋常でない気持ちの込め方と最高の演奏技術によって、圧倒的な音楽が生まれたのです。
ベートーヴェンの不屈の精神が描かれた強くて闘争的な音楽かと思うと、安穏を求めるような柔らかな美しい調べが聞こえてくる。その劇的な対比に痺れます。中毒になりそうです。ベートーヴェンの魂、しかと届きました。生々しいほどの鮮やかさで。
この曲はこれまで何度も、他の演奏家のCDで聴いたような気もするけれど、もしかすると別の曲だったかもしれない、と思ったほどです。本当の第32番 作品111を、この日初めて体験したといっても過言ではないと思います。
楽聖ベートーヴェンも草葉の陰から小山さんのステージを見守り、感極まって髪をかきむしっておられたことでしょう。

曲の終わり、最後の和音が消えゆくのを聴き届けると、完全な静寂が訪れました。それから、祈るような温かな拍手がわきあがりました。小山さんはステージから客席をじっとご覧になり、聴衆と静かな対話を交わそうとなさっていたように見えました。目で語られる小山さんの想いをしっかり心に刻もうとした、ちょうどそのとき、突如、創業者の宗次さんが黄色い立派な花束を抱えて登場なさり、にこやかにお祝いのご挨拶をなさったのです。オーマイグッドネス!(泣)(花束贈呈は素敵です。でも、タイミングが、ほんの少し早すぎたわね)

小山さんはその花束を舞台袖に持って下がられて… それから、アンコールを2曲弾いてくださいました。
バッハの平均律クラヴィーア曲集 第1巻 第2番よりフーガは、ベートーヴェンの作品111と同じ調性(ハ短調)なのですね。
最終曲、シューマンの「アラベスク」(ハ長調)は、「音の旅」第1回、冒頭に演奏された作品だったのですね。
時は廻り、旅は続く、というメッセージが心に染み入りました。

この日、小山さんのステージからは、来し方を振り返り慈しむお気持ちと、未来へ向かう強い覚悟、その両方を感じました。

小山さんご自身は、壮大な12年間24回リサイタルシリーズ完結!という人類初の偉業を達成なさった直後のサイン会でも、いつもの穏やかな微笑みでお話しくださって、ふだんとまったく変わらないご様子でした。
そんなふうにいつも謙虚で、おごりのない小山さんだから、ますます魅了されてしまうのです。
小山さんの音楽に出会えたことと、小山さんを一緒に応援する仲間に恵まれて心豊かに過ごせること、本当にありがたく幸せなことと思っております。
小山さんにはいつも感謝の気持ちでいっぱいです。本当にどうもありがとうございます。
ファン仲間の皆様、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
「音の旅」が完結したあとも、また皆様とご一緒に小山さんの新しい旅のお伴ができますことを楽しみにしております。
Date: 2017/10/30/15:10:33 No.4770


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「音の旅」第24回(最終回) 〜永遠の時を刻む〜 仙台公演:神聖な魂の音楽
とさま
 「音の旅」第24回(最終回)@仙台は、台風が接近する雨の中、バッハの平均律クラヴィーア曲集第一巻・第1番ハ長調の美しい調べで幕をあけました。3つの小品から成るシューマン晩年の幻想小曲集作品111及び形容しがたいほど深淵な小山さんの奏楽によるブラームスの3つの間奏曲作品117が続きます。後半のショパン晩年の三作に込められた作曲者の想いは、小山さんの絶妙なピアニズムで聴き手の心の襞に沁み渡ります。そして、掉尾(ちょうび)を飾ったのがベートーヴェン最後のピアノソナタ第32番ハ短調作品111です。先に、同作品における小山さんの素晴らしいリズム奏法について拙文を投稿させていただきました(No.4764)。本日は、同作品においてベートーヴェンが到達した霊性に焦点を当てて、小山さんの比類のない素晴らしい演奏を振り返りたいと思います。


《創作の終着点としてのベートーヴェン作品111》
  2楽章から成るベートーヴェンの作品111は、作曲者が生涯を通じて追及してきた、〔ソナタ形式〕と〔変奏曲形式〕とを、それぞれ第1楽章と第2楽章に採用しています。しかも、〔ソナタ形式〕の第1楽章には、ベートーヴェンがやはり生涯をかけて追及してきた〔フーガ形式〕を内包しているのです。さらに付記すれば、〔変奏曲形式〕の第2楽章は、展開部と再現部の要素をブレンドさせることで、疑似的な〔ソナタ形式〕を造形しています。〔ソナタ形式〕、〔フーガ形式〕及び〔変奏曲形式〕と言った、ベートーヴェンにおいて最も重要な3つの形式が絶妙に並置・融合され、それゆえ、最後のピアノソナタである作品111は、文字通りベートーヴェンのピアノソナタ創作の終着点を示していると言えるのです。


《ベートーヴェンの晩年の作風の特徴:作品111に現れる晩年の様式》
  ベートーヴェンの晩年の作風については多くの音楽学者が論じています。晩年のピアノソナタや弦楽四重奏曲、あるいは交響曲第9番に共通するのは、形式的には〔フーガ〕と〔変奏〕の多用です。しかしながら、作風の音楽的特徴として、.ンタービレ性と自由化、宇宙的響きと宗教性、D怯枩と霊性などが顕著になります。ベートーヴェンはカトリック信者でしたので、宗教性や霊性を重視した晩年の様式を確立したのは必然でもあったのです。作品111では、前述のように、〔ソナタ形式〕・〔フーガ〕・〔変奏曲〕という形式の制限を受けながら、逆説的に作風はいよいよ自由となり、究極のカンタービレや宇宙的響きによる至福の世界を創出したのです。

  ベートーヴェンは作品111を作曲していた時期、並行して畢生(ひっせい)の傑作である『荘厳ミサ曲(ミサ・ソレムニス)』を作曲していました。スケッチ帖には、ミサの楽想と作品111の楽想が並び、相互に影響を及ぼしていることが分かります。作品111に宗教性や霊性が色濃く感じられるのは、そうした作曲時期とも関係しているのでしょう。


《ベートーヴェン作品111における晩年の作風:特に霊性》

‖1楽章
 人生におけるあらゆる苦難に立ち向かい、強靭な意思で闘い続ける悲劇的な性格の第1楽章において、〔フーガ〕や〔ポリフォニー〕が多用されています。これはまさに晩年のベートーヴェンが好んで採用した形式です。しかしながら、ベートーヴェンは第1楽章のコーダの9小節に宗教性と霊性とを付与します。ほんの数小節前まで闘争に明け暮れていたのに、コーダは救済の音楽と化し、ハ長調の光が天から射しこむのです。『ピアノ音楽全体の中でももっとも美しい響きの一つである』(パウル・バドゥラ=スコダ)と称賛されるコーダ…小山さんは、来るべき第2楽章の霊性の世界に導く素晴らしい奏楽による神聖な響きを創出されました。

第2楽章
1 主題
 主題は究極のカンタービレと言っても過言でないほど美しさを極めます。小山さんは理想のテンポ設定、低音部の重視などにより、サラバンド風の主題からベートーヴェンの霊性を顕現(けんげん)されたのです。

2 第1変奏〜第3変奏
 拙稿(No.4764)で言及させていただきましたように、小山さんの目の覚めるようなリズム奏法は、ベートーヴェン晩年の作風の特徴の一つである〔自由化〕を最も魅力的に開示する結果となりました。本当に素晴らしい小山さんの演奏です。

3 第4変奏
第3変奏でクライマックスを迎えた後に続く第4変奏で私たちは異次元の世界に足を踏み入れます。音域も楽想も全く異なる2つの対照的な変奏を交互に配置することで、ベートーヴェンはドイツ・ロマン主義の発芽となる神秘的で霊妙な世界を創出します。終始ppで刻まれる周期的な単音パルスは生命の誕生を想起させるほどです。第4変奏は〔ソナタ形式〕における〔展開部〕のような様相を呈し、ppから脱却する第100小節からクレッシェンドを伴い大きく盛り上がるパートを迎えます。小山さんはアルペジオの頂点に付されたsf音にベートーヴェンの渾身の想いを注入されます。非常に感動的なシーンの一つです。

4 第5変奏
 第5変奏ではソプラノパートに主題が忠実に再現されます。変奏というよりは、〔ソナタ形式〕における再現部のような位置づけになります。内声部の16分音符の刻みとバスパートの32分音符の装飾音句が協働して主題を支えることで、躍動感が産まれます。

この第5変奏は、交響曲第6番ヘ長調作品68「田園」の最終楽章(第5楽章)〔牧歌:嵐の後の喜ばしい感謝の気持ち〕を彷彿とさせます。ぶれることなく太く流れる音楽が歓びと感謝の気持ちを表現します。稀にみる感動的な音楽です。ベートーヴェンの詠嘆がsfの音に深く込められています。それはベートーヴェンの霊性の現われの一つと言えるでしょう。

 小山さんは、揺らがないテンポを貫き通しながら、壮大なクライマックスを築かれ、賛歌のように歌い切られました。小山さんがsfに込めたベートーヴェンの想いは霊性としての性質を帯び、これ以上の演奏は過去に存在せず、今後も小山さんを除いて実現することはないと断言できるほど感動的でした。天国的なトリルを持つ最後の楽想に突入する直前のsfはシンコペーションになっています(第159小節)。夥しい数の録音を拝聴する限り、ベートーヴェンが渾身の想いを込めた〔sf+シンコペーション〕が十分でないピアニストが大勢を占める現実に困惑します。その意味で、〔sf+シンコペーション〕を含むすべての楽想に、ベートーヴェンの霊性を付与し、それを音楽的に表現した(極めて)数少ないピアニストの一人が小山さんなのです。

5 コーダ(もしくは第5変奏の後半)
 第161小節から始まる天国的なトリルのパートをコーダと考える場合、あるいは第5変奏の続きと考える場合もあります。宇宙的な響きを感じさせるコーダは、地上と天空を行き来する魂の音楽です。ベートーヴェンの霊性と超越性が別の形で現れた素晴らしい世界です。小山さんは、浄化された静謐な時空間の中、祝福のラッパの音(ね)を柔らかく温かい音色で内面から輝くような響きで創出され(第164〜165小節)、聴き手を深く感動させて下さいました。

 そして、音魂は天国に昇り詰め、主音ド(C)に到達し、ハ長調の音階で3回繰り返して下降し、もう一度主題の断片を回帰し、最後は天に吸い込まれるようにハ長調の主和音で静かに終えます。ここでもベートーヴェンが付与した3つのsf音を小山さん以上にベートーヴェンの詠嘆を具現したピアニストを知りません。小山さんは、曲末尾のハ長調の主和音で、音価を越えた幽玄の響きを創出され、聴き手に永遠の時と命を感じさせて下さいました。

小山さんがチラシに書かれた次のお言葉が全てを語って下さっています。

【旅の終わりに 静寂の中で 永遠のハーモニ―が響く】(小山さん)

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 小山さんは、恣意性を一切排除し、ベートーヴェンの霊性を作品111から抽出されました。そこにあるのは【神聖な魂の音楽】に他ならないのです。ベートーヴェンのピアノソナタ第32番のような崇高な作品の小山さんによる素晴らしい演奏を聴かせていただき、即物的でない精神的な世界こそ人間にとって本当に大切なことなんだと認識を新たにしました。

 小山さんの卓越した素晴らしいベートーヴェンの世界を皆様も堪能なさってください。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜
★★小山さんへ:私がベートーヴェンの作品111を最初に聴いたのは小学1年生だったと記憶しています。シュナーベルのレコードでした。作品が余りにも素晴らしいので、いつ聴いても感動しますね。しかしながら、小山さんの演奏を聴かせていただき、この特別な作品の本質を初めて理解することができました。小山さんへの感謝、ベートーヴェンへの感謝の念が深まるばかりです。「音の旅」の最終回でこのような音楽的体験をさせていただき本当に有難うございました。

とさま
Date: 2017/10/26/01:32:39 No.4765

Re:「音の旅」第24回(最終回) 〜永遠の時を刻む〜 仙台公演:神聖な魂の音楽
ぴあのふぉるて
とさまさん、仙台公演のご報告を嬉しく拝読しました。
小山さんの「テンポ設定」、「リズム奏法」、「sfの音」や「sf+シンコペーション」などがどれほど素晴らしいものであるかが、熱く伝わってきます。ベートーヴェンが作品に込めた想いは小山さんの奏楽によって、ほぼ初めて、歪められずにきちんと、届くのですね。明後日の名古屋公演が本当に楽しみです!

一昨日、(=「音の旅」仙台公演の翌々日)、杉並公会堂で、新シリーズ Carte Blanche 小山実稚恵 Vol.1(12/9開催)のプレトークが開かれました。
「音の旅」最終回、全国ツアーのただなか、別のシリーズの催しのために時間を割いてくださることに、心底感動します。
内容的には、バッハ関連というより、ゲストの北原潤一さん(ロボット・クリエーター)のお仕事や作品の紹介がメインの趣でしたが、最後のほうで小山さんのお話も少し聞くことができて、ほっとしました。(北原潤一さんのプロフィールについては「すぎなみ学倶楽部ホームページ」より〜ゆかりの人々〜道を極める をご参照ください)
「物作りが好きなだけです」と自己紹介なさり、採算を度外視してロボット製作に打ち込む、北原さんのお仕事ぶりは、音楽をどこまでも追究なさる小山さんのお姿といっしょだなぁ、と感じました。
小山さんも「好きなことができる幸せは、同じなのかな」とご感想を述べておられました。「時間が惜しい気持ちも、よくわかる」とのこと。また、製作や演奏での「試行錯誤」もお二人に共通のようです。「聴衆の“気”や楽器の反応」「リハーサルと本番」「やりたい気持ちとやれない時の無念さ」など、ありのままをお話しくださる小山さんに、魅了されます。
質疑応答コーナーでは色々な質問と、CD録音やコラボ企画の希望などが出ました。私も司会の方に最後に当てていただき、幸運でした。
小山さん、楽譜の指使いについて率直にお答えくださり、どうもありがとうございます。
心温まるサイン会も、本当にありがとうございました。

とさまさん、お仲間の皆様、明後日はどうぞよろしくお願いします。
Date: 2017/10/26/23:10:13 No.4766


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小山さんのリズム:根源的な生命力の発露
とさま
★実稚恵さまの微笑み様(No.4760)
 音の旅・福岡公演での小山さんの素晴らしい演奏を臨場感豊かにご報告いただき有難うございました。当日の感動が沸々と湧き上がって参ります。私も、微笑み様と同じように、新たな旅立ちを小山さんとともに歩んでいきたいと思っています。

★まじょるか魔女様(No.4761)
素敵なリプライを拝読させていただき、小山さんが造って下さったファンの繋がりを嬉しく思いいます。【小山さんがお話された「作曲家たちへの敬意の念」。このお気持ちを貫かれていらっしゃるから、私たちも楽曲の素晴らしさに素直に入っていけるのですね。】(まじょるか魔女さん)・・・仰る通りですね。同じ楽曲でも、奏者によってどうしてこんなにも感動の質が異なってしまうのか、その回答がここにありますね。

★オクターヴ練習中様(no.4763)
お辛い想いを重ねてこられたのですね。そのお辛いお気持ちはオクターヴ練習中さんにしか分からないほど厳しいものなのでしょう。オクターヴ練習中さんは、いま運指を変える試みをされていらっしゃるのですね。運指によって音の在り方も大きく変わるんでしょうね。以前にも書かせていただきましたが、私はピアノを弾くことができないのですが、もしピアノが手元にあったら、試してみたいことが一つだけあります。それは自分の好きな和音を見つけることです。弾くのではなく、複数の音が重なって産まれる響きを体感したいのです。
 音の旅の最後に小山さんが選ばれたベートーヴェンのピアノソナタ第32番は本当に素晴らしい作品ですね。人生における苦悩と闘い、それを克服しようとするベートーヴェンの強い意志の表現(第1楽章)、苦悩を乗り越えて到達した彼岸の世界の表現(第2楽章)…この曲の前半は人生の縮図のようであり、後半はそれを克服するためのヒントを与えてくれるような趣きでもありますね。
 仙台での明日の小山さんの演奏が楽しみですね。ご一緒に楽しむことができれば幸いです。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
きょうは、根源的な生命力の発露を感じさせる、小山さんの素晴らしいリズム奏法について少しお話ができればいいなと思っています。

《リズム動機》
 どなたもご存知のベートーヴェンの交響曲第5番ハ短調作品67「運命」の第1楽章冒頭の『ダダダダ〜ン』の動機は第1楽章全体を支配しています。細胞が生命体を構築するかのように、あるいは小さな部品が精巧な機器を組み立てるかのように、ベートーヴェンは小さな動機を、楽曲全体を構築する際の基本単位とします。これがベートーヴェンの作品における共通の《リズム動機》と言われるものです。ピアノソナタ第32番ハ短調・作品111においても、《リズム動機》が存在し、それが各楽章に、きりりと引き締まった統一感を与えています。

《ピアノソナタ第32番・第1楽章》
 第1楽章は前代未聞と言っても過言でない強烈な開始の序奏が主部の前に置かれています。ソナタ形式の第1楽章の主部で最初に現れる第1主題はわずか2小節と短く、複数の《リズム動機》で構成されています。この《リズム動機》が全体を支配し、それらが複層的に絡むことで、フーガが産まれたり、一つの《リズム動機》がまるで血液の循環のように至る所に音の流れを産み出すなど、息をつく暇もなく曲はエネルギッシュに進行していきます。小山さんの卓越した生命力溢れるリズム感が聴き手の気持ちを高揚させ、圧倒的感銘をもたらして下さるのです。

《ピアノソナタ第32番・第2楽章》
 簡素で美しいアリエッタ(小さな歌)の主題と5つの変奏及びコーダから成る長大な変奏曲様式の楽曲です。九州公演で小山さんが設定された(速目の)テンポは理想的に音楽的でした。そのテンポでなければ、第2楽章全体の音楽を統一できないばかりか、第2楽章が内包する《リズム》の力を(恣意に頼らずに)発揮することができなくなるからです。小山さんの素晴らしいテンポについては、稿を改めてお話する機会が持てればいいなと思っています。

 ここでは、主題から第3変奏までの素晴らしいリズムの高揚についてお話をさせて下さい。

 一聴して分かるのは、主題→第1変奏→第2変奏→第3変奏と変奏を重ねるに連れて、テンポが加速されたかのように感じられることです。しかしながら、実際は、(譜面では)テンポはほとんど変わっておらず、音符が細分化されて、一小節を占める音符の数が増えていくことで、聴感上テンポが速くなったように聴こえるんですね。この聴感上のテンポの加速効果と特別なリズム効果、そしてシンコペーション効果とが重なり、特に第3変奏では《リズム》が爆発するかのような印象を聴き手にもたらします。

 この特別な《リズム動機》は、ジャズ音楽のリズム動機と酷似しているので、とてもモダンに感じます。第32番のソナタが作曲されたのが1822年ですから、ジャズに先駆けて80年も前に、このような《リズム動機》の曲が存在したのは本当に驚くべきことですね。

 変奏が進むに連れて《リズム》が高揚して行く小山さんの表現の素晴らしさに圧倒されます。第3変奏では頂点に到達し、その輝かしいまでの《リズム》の饗宴は、同じダンスでも優雅な踊りではなく、原始的なエネルギッシュな踊りと化すのです。小山さんは、卓越したリズム奏法によって、この音楽が持つ根源的な生命力の発露を見事に実現されたのです。

 こうした高揚するパートで《リズム》が重要であることは論を待ちませんが、静謐な楽想や第5変奏の賛歌を思わせるような楽想においても、小山さんの比類のないリズム奏法が産み出す音楽は、聴き手の心の襞に沁み渡るのです。

*****************
 小山さんの卓越した《リズム奏法》はあらゆる楽曲の本質を露わにしますが、有名曲で例をあげれば、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番「皇帝」の第3楽章やショパンのピアノ協奏曲第1番の第3楽章などがあります。

 小山さんの演奏を想像するだけで、心が躍る一因は、小山さんのリズム感溢れる魅力的な演奏を体験させていただいているからなのでしょうね。

 音の旅の掉尾(ちょうび)を飾るベートーヴェンのピアノソナタ第32番も、リズムの魅力もたっぷり内包した楽曲ですので、皆様、躍動するリズムに心を躍らせながら、小山さんの素晴らしい演奏を堪能なさってください。

とさま

Date: 2017/10/21/16:03:50 No.4764


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いま、つたえたいこと
オクターブ練習中
≪愛のない人≫の下に生まれて、≪氷の世界≫を生きてきた。


”小山実稚恵さん”のピアノを聴いて、このことに気付く。
上辺だけの≪取り繕い≫は必要ない。
真の ” 想い ” を見つけること。
今迄の、”小山実稚恵さん”の 『 音の旅 』 で見つけたこと。


深層を感じ表層を伝える。
前回の 『 音の旅 』 で僕が”小山実稚恵さん”に伝えたことの答え。


深層か、表層か、は、第3者が決めていく。
ピアノに向かいながら、そんなことを感じていました。


もう少しで、ピアノが弾けるようになれるかもしれない。


でも、今迄、記憶した指使いを変えて、
もう一度、指を作りなおさなければいけない。


動かない薬指を動かすために、3,4,5、の指で弾いていた運指を変える。
ポジションの移動をするために、1,2,3、の指で弾けるように運指を変える。


どうしても、上手くいかないポジションの移動から、
しばらく、ピアノから離れていた。
けれどいま、もう一度、ピアノを弾くための、
モチベーションがみつからない。


”小山実稚恵さん”に伝えてみたいと思うことはたくさんあった。
でも、ずっと、伏せていた。
時流を見るために。
本当に自分が伝えたいことは何なのか、を見つけるために。


仙台公演は明日。
明日の演奏を前に、”小山実稚恵さん”は、目を通すでしょうか。


何日か前に、作って、しまっておいた。
修正が必要で、まだまだ、稚拙な所が目についたから。


けれど、不完全でも、伝えてみても、いいかもしれない、と思えるようになった。
”小山実稚恵さん”にだけは、自分の本心を伝えて見たかったから。


まだまだ、手直しの必要のある、稚拙な僕の本心。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

いま、”小山実稚恵さん”に伝えてみたいこと。


時が流れるのは速く、いつも追い越されていく。
どんなに頑張っても、遅れたまま進んでいく。
喪失した時間を取り戻せない。
どんなに取り戻したくても。
自分のために流す涙が枯れ掛けている
胸は動くのだけれども。
自分のために流す涙が枯れ掛けている。
なぜだか理由が見つけられない。
なぜなのか。
なぜなのか。


これが、いまの自分の心境。


毎日、訳も分からずピアノを前に、出来ない自分に向かう日々。
ようやく、本当に、ようやく、いくつかの作品を弾けるようになった。
未完成のままに。
どうしても記憶できない、多彩に変化する、コード、ドミナント。
それでも、毎日、ピアノを弾いた。
身体の痛みが消えるから。
空の虚しい胸の内に、少しの水が注がれるから。
どしても理解が出来そになかった。
どうしても。
どうしても。


これが、いまの自分の心境。


ほんとうに、わからないものです。
自分がこんな詩を作ってみるとは思ってもみませんでした。
”小山実稚恵さん”に伝えてみたいと思うことはたくさんありました。
けれども、いつも、二の足を踏んでいました。
なにか、ひとつでいいから、出来るようになったと言えるものが欲しかったので。
いま、
出来てるような、出来てないような。
あと、ちょっと、あと、ちょっとで、ピアノが弾けると言えるようになるかもしれない。
そんなところです。


いま、”小山実稚恵さん”に伝えてみたいこと。


それは、いま、わかった、過去の自分。


6歳の時に、生まれてきたことを後悔したこと。
6歳の時に、お金に恐怖を抱いたこと。


生まれてきたことを後悔した人は、たった独りになってしまう。
お金に恐怖を抱いた人は、すべてを嫌いになってしまう。


それが、はっきり、わかったこと。
  

毎日が、苦痛だった。
毎日が、恐怖だった。
毎日が、絶望だった。
毎日が、嘘だった。


≪愛のない人≫


≪愛のない人≫の下に生まれてきました。
もしかしたら、結婚生活が≪愛のない人≫にしてしまったのかもしれません。
悲しみと憎しみに満ちた言葉の中で育ってきました。
笑顔で悲しみと憎しみの言葉が交わされていました。
真に憎むことが出来たらどんなにいいでしょう。
悲しむことがなくなるから。
それが、出来ないから、苦しいわけです。
感謝の気持ちがあるから、絶対、憎しみ切れないわけです。


毎日、自然に出でしまう、悲しみと憎しみの言葉を、独り言で呟く。
けっして、だれにも、聴かせられない。
それは、絶望を、望む声だから。
それを、自分は、知っているから。


≪氷の世界≫


≪氷の世界≫で生きてきました。
もしかしたら、全くの善意が≪氷の世界≫にしてしまったのかもしれません。
温もりのない生活の中で育ってきました。
温もりは悪という思いだったのでしょう。
真に悲しむことが出来たらどんなにいいことでしょう。
喜びだけが待っているから。
それが、出来ないから、悩むわけです。
感謝の気持ちがあるから、絶対、悲しみ切れないわけです。


私は絶望を知っています。
家族の一人が絶望しました。
たった独りで。
悲しみのなかで。
理由も、今は、解かっています。
かつては、全く、解らなかった。
嘘で満ちてた生活なので。
嘘が本当の生活なので。


≪愛のない人≫の≪氷の世界≫は楽でした。
感じることは、ないものですから。
感じてしまうと、心が壊れてしまいますから。


今は、感じています。毎日、感じています。
ピアノを弾いて、努力する大切さを知ったのです。
ピアノを弾いて、休憩の大切さを知ったのです。
最近、ピアノを休んでいました。
演奏に必要な、素早い移動が出来ないことで。
休んでいるうち、ポジション移動は、親指ということに気付きました。
あとは弾き込んでいけるかどうか。
そう感じています。
あとは筋力をつけることができるかどうか。
あまりに弱い筋力だったので。


伝えてみたいと思うことはたくさんあったのに、閉まってあった胸の内がこんな形で出てきました。
感じたことを、感じたままに、そのまま伝えるということは、大切ですね。
心が病んでしまわないように。
深層で感じ表層を伝える。

どうしてわからなかったんだろう。


自分でも、思ってもみなかったことが、出て来てしまったんです。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

”小山実稚恵さん”にだから、伝えることの出来る、偽りのない本心。
Date: 2017/10/21/13:12:22 No.4763


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第24回音の旅 〜永遠の時を刻む〜
実稚恵さまの微笑み

長い間辿ってきた音の旅も、いよいよ千秋楽となりました。

いつもは天候に恵まれる実稚恵さまの演奏会ですが、今回ばかりは最終回の哀しみからか、朝から降り続く雨が止む気配もありません。

私も、朝から特別な今回の演奏会に気持ちが鎮まらず早々に博多に向かって出発しました。会場到着も昼過ぎと早かったのですが、開場まで雨宿りを兼ねて建物軒下に並びました。もちろん、いつもの指定席を確保しているために並ぶ必要はなかったのですが、落ち着かず雨を見ながら佇んでいたいと思ったからでもありました。
天候のせいもあり15分繰り上げての開場となりました。当日券も全席完売のため今回はなく皆さんの期待がうかがえます。

会場に入るとステージ上に立派な百合の花のオブジェが飾られ芳香を放っています。満員の聴衆の前にイメージカラー、シルバーのドレスのとても高貴なお姿の実稚恵さまが登場されました。

あっというまに12年が経ったこと。音の旅シリーズを終わりにしてしまうのがもったいないと感じているとお話されました。
この演奏会を続けることができたのもたくさんなピアノの楽曲があったからで、作品に対する色々な想い・オマージュ。作曲家たちへの敬意の念を感じていると仰っていました。

本日のプログラム

バッハ 平均律クラヴィーア曲集第1巻より第1番 ハ長調 BWV846
シューマン 3つの幻想的小品 作品111
ブラームス 3つの間奏曲 作品117
ショパン ノクターン 第18番 ホ長調 作品62−2
ショパン 子守歌 変二長調 作品57
ショパン マズルカ 第49番 ヘ短調 作品68−4
ベートーヴェン ソナタ 第32番 ハ短調 作品111
〜アンコール〜
バッハ 平均律クラヴィーア曲集第1巻より第2番 ハ短調 BWV847  フーガ
シューマン アラベスクハ長調

前回のアンコールから続く、バッハのクラビーア1番。グノーのアヴェマリアとしてあまりにも有名な旋律に何とも言えない安らぎを覚えました。シューマンとブラームスの小品は、共に2曲目がとても美しくて胸がいっぱいになりました。なんて今回の作品は心のひだに寄り添ってくれるのでしょう。実稚恵さまの持つやさしさ素晴らしさが紡ぎ出す演奏に言葉も出ませんでした。

ショパンの3つの曲はもうへたな感想も受付ないような完璧な作品で、晩年の透明な哀しみとも言えるような雰囲気が漂う作品でした。やはり、私は実稚恵さまの弾かれるショパンに心酔いたします。

休憩後は、大曲、ベートーヴェンのソナタ第32番です。実稚恵さまの解説によると彼の最後のソナタで永遠の時を刻む生命の循環、輪廻を感じる力強い作品で、音の旅の最後は、この作品だと強く心に決めていたそうです。
実稚恵さまの強い意志と決心が感じられる、音の旅シリーズの到着点だという思いのこもった万感の演奏に会場も引き込まれました。「美しいトリルが主題と協調しながら遠くから響き、天国的な美しさの中で音粒が降りてくる。そして、厳かに平安の中に響きが消えてゆく。。」 音の旅も静かに幕を閉じたのでした。

深い感動と感銘の中で、身じろぎもせず余韻に浸っていたかった。。。
今回は、アンコールは要らないと思ったのですが、2曲、弾いてくださいました。
最後の「アラベスク」は、音の旅第1回の最初の曲であったとのこと。「旅(人生)は、続いていくのよ。。」 実稚恵さまの皆に届けられたメッセージとして受け取らせていただきました。

実稚恵さまお疲れさまでした。色々な思い出をつくっていただきありがとうございました。過去の会場、演奏、実稚恵さまの表情などが走馬灯のように思い出されます。また新たな旅立ちを実稚恵さまとともに歩んでいきたいと思っています。
Date: 2017/10/16/14:44:42 No.4760

Re:第24回音の旅 〜永遠の時を刻む〜
まじょるか魔女
ついに、とうとう、いよいよ・・・
小山さんの「音の旅」最終回が福岡から始まりましたね。
「実稚恵さまの微笑み」さん、愛情溢れるきめ細かいレポートを有り難うございます。
小山さんがお話された「作曲家たちへの敬意の念」。このお気持ちを貫かれていらっしゃるから、
私たちも楽曲の素晴らしさに素直に入っていけるのですね。
小山さんの「音の旅」のテーマでもある「輪廻」を感じる力強いベートーヴェンのソナタ第32番。
音の旅の最後は、この作品だと強く心に決めていらっしゃったのですね。
ファンサイトfacebookの 小山さんのお姿の美しさに息を呑みました。内側から発する光が映ったかのようなシルバーのドレスに、横に拡がった百合の花のアレンジを抱えられ、ひとつの旅を終えられた
深い達成感が伝わってくるお写真ですね。
白い百合は、アンコールの曲にも繋がる「音の旅」第1回のテーマカラーを表現されているのでしょうか。

「旅(人生)は、続いていくのよ。。」 微笑みさんが受け取られたメッセージの意味を考えながら、
名古屋宗次ホールの日をお待ちしたいと思います。
Date: 2017/10/18/08:40:23 No.4761

Re:第24回音の旅 〜永遠の時を刻む〜
実稚恵さまの微笑み
まじょるか魔女さま

リプライありがとうございます。

実稚恵さまの冒頭のごあいさつは、実稚恵さまの想いと演目の解説を詳しく分かり易く、お気持ちを込めてしていただいたのですが、お話を聞いているだけで、私は胸がいっぱいになりました。

九州(福岡)は、1会場から2会場そして、また1会場と飯塚、八幡、小倉等、また博多も現在の会場と以前の会場は異なっており、それぞれの会場ごとに思い出がよみがえります。

そんな変遷と、音の旅というプログラムの移り変わりが、より深い感銘を醸し出してくださいました。

実稚恵さまの傍らで音の旅を、楽しませていただいた歓び幸せを感じております。
書き込みありがとうございました。よろしくお願いいたします。
Date: 2017/10/18/17:59:19 No.4762


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楽器と名演奏家(=小山さん)との祝福された関係
とさま
オクターヴ練習中様
ファンの皆様

秋らしく清々しい季節を迎え、皆様お変わりありませんか。

オクターヴ練習中様のご投稿を拝読し、改めてピアノという楽器のメーカー(制作者)に想いを馳せています。

オクターヴ練習中さんは、プレイエルのピアノでのある奏者のショパン演奏をお聴きになったのですね。ショパンは、繊細でやわらかく澄んだ音色を出すことのできるプレイエルのピアノを特別に愛し、サロンのような小さな空間での演奏を好んだと言われています。音が歪んだのは、もしかすると古い楽器の状態が万全でなかったか、あるいは、プレイエルのピアノの繊細な響きを楽しむのには会場が広すぎたのかもしれませんね。奏者とピアノと会場との関係はとてもデリケートなのだと思います。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜
翻って、小山さんとピアノとの関係にも想いを巡らせていました。

小山さんはスタインウェイのピアノを好んで弾かれますね。それでも会場にスタインウェイがないときには、当然のことながら、別のメーカーのピアノを弾かれますね。

今年、3月9日「音楽の友ホール」で開催された、『池辺晋一郎&小山実稚恵 スペシャル・トーク&ライヴ』において、小山さんはベーゼンドルファ―のピアノで素晴らしいシューベルトの音楽を届けて下さいました。jackyさん(No.4689)、covariantさん(No.4691)、ぴあのふぉるてさん(No.4688)が、小山さんが演奏されたベーゼンドルファーのピアノの魅力について、それぞれ素敵な感想をお寄せ下さっていますね。

【小山さんの思いの込められた繊細なタッチに応えるように、楽器から、玄妙な美しい音色が立ちのぼりました。】(ぴあのふぉるてさん)…これは、小山さんの演奏の本質を見事に表現していると感じ入りますが、ぴあのふぉるてさんの次のお言葉は、楽器と名演奏家(=小山さん)との祝福された関係を表現していて、心が躍る気分になります。

【ピアノは弾き手を選ぶ楽器である。ということを、改めて実感をもって認識し、心の底から感動いたしました。】(ぴあのふぉるてさん)

スタンウェイ、ベーゼンドルファー、ベヒシュタイン、ファツィオリ、ヤマハ、カワイ…様々なメーカーのピアノがありますが、小山さんは、どのメーカーのピアノとも協働して素晴らしい音楽を届けて下さる稀有なピアニストですね。ぴあのふぉるてさんのお言葉を拝借すれば、「ピアノは小山さんの想いに応え、小山さんはピアノの想いに応える」祝福された関係が成立していると思います。そうであるからこそ、小山さんとピアノとの間には境界がなくなり、あるのは音楽だけになるのではないでしょうか。
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オクターヴ練習中さんが仰られるように、伝えるということは本当に難しいことですね。

音楽も同じですよね。奏者の想いを伝えるのではなく、作曲者の想いをどのように聴き手に伝えるのか…オクターヴ練習中さんが書かれた【伝えるということは、信頼するということの同時性が備わる】にヒントがあるように思いました。奏者と作曲家との対話、奏者と譜面との対話、奏者と楽器との対話、奏者と聴衆との対話など、そうした対話は互いの信頼を育み、それが作曲者の想いを聴き手に伝えることに繋がるように思うのです。

*******

子犬のワルツ考などを拝読しますと、オクターヴ練習中さんは、ピアノ音楽が大好きでいらっしゃることが分かります。どうぞこれからもよい音楽を楽しんで下さい。

とさま
Date: 2017/10/03/03:18:08 No.4759


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本当は、一番初めに”小山実稚恵さん”に伝えたかったこと
オクターヴ練習中
 「ようやく書けた」という印象でキーを入力しています。本当に長かった。自分という名の正体、これがなんとなく解るようになるまでの間が。そして、今の、今まで、解らなかった。
 理由も解らないまま、毎日ピアノに向き合う日々。ピアノを弾いている時だけ、苦しい感覚のある右手の違和感、不正咬合からくる、身体が歪んでいくような感覚、これが少しだけ和らぐ。
 なんとか、いくつかの作品を弾けるようになって、身体の違和感が修正されていく打鍵フォームを探していく日々が始まりました。本当はもう少しピアノが弾けるようになってから記したかった。けれども時間は止まることなく進んでいく。そう思うと、次に”小山実稚恵さん”に会うまでに伝えておきたいと思うことを伝えきれなくなってしまう。だから、今、伝える。伝えたいと思うことのなかで、はじめに伝えたいと思うこと。


 もう一人の日本を代表する女性ピアニストとの出会い


 ”小山実稚恵さん”の演奏会へ足を運ぶようになった頃に、時を同じくして、もう一人の日本を代表する女性ピアニストの演奏会へも足を運ぶようになりました。ショパンの生きた時代のプレイエルピアノとともに旅をして被災地演奏会を行ったピアニスト。このように表現することで、読んで頂けている方にご理解して頂けるのではないかと思います。
 あるとき、こちらのもう一人の日本を代表する女性ピアニストの演奏会での演奏の途中、突然ある音が歪むようになりました。曲の途中で突然に1音だけ歪むようになったわけで、演奏はそのまま続いていきます。曲の途中、もう一度その音が歪んで聴こえてきました。けれども、その後で、音が歪むことがありませんでした。
 そういえば、演奏会で歪んだ音を聴いた記憶がない。そんなことを、過去の思い出しながら、気付くのでした。あぁ、やっと”小山実稚恵さん”に伝えることが出来ると思った訳です。でも、その後の別の演奏会で、弦を歪ませながら演奏する姿を観ることがありました。「 えぇ〜っ、なんで〜 」という風に驚きましたが、表現の手法として歪む・歪まないを分けて演奏をしてきたのかもしれないということを思うのでした。
 ここから先は、随分と前のことになるのですが、そのピアニストの演奏会が終わって、たくさんのひとがサイン会に並んでいました。自分もサインをしてもらうための本を手に列に並びました。自分の番になり、本にサインをしていただくと、自分の手を取った後で、サインをした本を手渡していただくのでした。そのときに、ピアニストの腕がまったく違った筋力をしていることを知るのでした。このことを”小山実稚恵さん”に伝えたい、ということをいつのころからか思うようになりました。それに加えてとなりますが、間接的にでも、いつか、そのピアニストにお礼の気持ちを伝えてみたいと思うようになっていました。ようやくこの気持ちを伝えることが出来るかもしれないと思えると、ほっとする気持ちがあります。そして届くといいのですが。


 子犬のワルツ考


 子犬のワルツ。ショパンの作品。どうしても理解できない。”小山実稚恵さん”の演奏を観るまではずっとそう思っていました。子犬のワルツについて、どうしても、「英雄ポロネーズ」を作った人の作品と思うことが出来ないでいるのでした。けれども、”小山実稚恵さん”の演奏で、そして、”小山実稚恵さん”の演奏の際の表情で、ふと、ショパンの犬に対する見方なのかもしれない、ということが頭の中に浮かんできたとき、頭の中で笑いが止まらなくなりました。そこから子犬のワルツが楽しくなってきたように思います。
 もう一人の日本を代表する女性ピアニストの子犬のワルツはショパンと同時代から音を奏でるプレイエルピアノで聴くことが出来ました。プレイエルのピアノで聴く子犬のワルツでは、ミニチュアサイズのピットブルが猛烈な勢いで自らの尾を追いかける絵が浮かんできました。音楽というは本当に不思議ですね。


 本当に難しい気持ちの表現


 伝えるということは本当に難しいことですね。そして、伝えるということは、信頼するということの同時性が備わるものですね。本心を閉じ込めたままの生活に慣れていたためなのかもしれませんが。ひとつ、投稿する度に、ひとつ、信頼する気持ちが出来ていく。そんな気持ちが芽生えてきます。


 とさま様へ


 いつもコメントをしてくださり本当にありがとうございます。最近はピアノに向き合う中で、ポジションの移動について頭を悩ませております。指を伸ばしても届かない鍵盤を打鍵する際の運指に何かいい方法はないかな、ということを考えながらピアノに向き合っています。
Date: 2017/10/02/17:13:35 No.4758


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