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小山さんのゴルトベルク変奏曲@リリスホール
ぴあのふぉるて
昨日12/2、小山さんのゴルトベルク変奏曲の生演奏を、2年ぶりに拝聴しました。
(前回は、2015年秋「音の旅」第20回でした)
「音の旅」リサイタルシーズを完遂されたばかりなのに…
お休みも取らずに前進なさる小山さん、凄すぎます!!

小山さんの溌剌とした演奏にグイグイ引き込まれ、ワクワクしました。
CD演奏より早めのテンポ設定で、各変奏の間隔も短いように感じます。(今回のステージは、68分間の旅でした!)

座席(2列目、右のほう)から、ピアノの屋根の内側に、小山さんの手元が少しだけ映って見えました。
忙しい腕の交差、鮮やかな跳躍、細やかな音階、などさまざまな、目にも留まらぬ早わざに目が釘付けになりました。
そして、聴こえてくるのはまことに流麗な音楽なのです。
途中までプログラムノートの解説を頼りに、変奏の番号を確認していたのですが、
あまりに素晴らしい音楽が奇跡のように次から次へと繰り出されて、もう小難しい構成などは忘れて聴き入っておりました。

カイザーリング伯爵にもぜひ小山さんの演奏を聴かせてあげたかった!
小山さんのゴルトベルク変奏曲を聴けば、悩みも眠気も吹き飛び、心身ともに健全になり、毎夜、ぐっすり眠れるようになること間違いなし!ですね。

なお、今回のリサイタルでプログラム前半に演奏なさった曲は、
モーツアルト:幻想曲 ニ短調K.397と、ショパン:幻想曲 へ短調 Op.49 でした。
モーツアルトの幻想曲は、小山さんの情感あふれる演奏に感じ入りました。
「ほの暗いのですが、最後には日差しが…。モーツアルトはニ短調に思い入れが強い」と小山さんがリサイタル冒頭でお話しくださったとおり、悲しみと喜びが美しく描かれた作品でした。
第20番のコンチェルトも、いつか小山さんの演奏で拝聴したいと思います。
小山さんのステージで、ショパンの雪の降る街を〜は久しぶりに、いいえ、たぶん初めて?拝聴しました。
ショパンの激情を描く小山さんの気概には、いつも心を打たれます。

この日、小山さんはアンコール曲を演奏なさいませんでした。
数回のカーテンコールの後、盛大な拍手の中、舞台袖に入っていかれました。
なんと印象深いことでしょう!
アリアの後は、何も弾かない。
それは小山さんから聴衆への最高の贈り物だったと思います。
アリアの余韻にこのまま浸っていたい…(ファン仲間のお二人も、やはり同じ気持ちだったそうです)そんな聴衆の思いが通じたのでしょうか。
小山さんご自身、長旅の余韻を楽しみたい、と思われたのかもしれません。

小山さん、本当にありがとうございました。
杉並公会堂のリサイタルも楽しみにしております。

とさまさん、このたびは誠にありがとうございました。心より感謝申し上げます。
土の器さん、また近くご一緒できますように。
まさとさん、いつもお世話になりありがとうございます。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
Date: 2017/12/04/00:07:39 No.4787

Re:小山さんのゴルトベルク変奏曲@リリスホール
とさま
ぴあのふぉるて様

小山さんのグランドフィナーレ@オーチャードでの小山さんの音楽史に刻まれる偉大な演奏に対する素晴らしいご感想に続き、今回は、ゴルトベルク変奏曲@リリスでの小山さんの卓越した演奏に対する、心躍る素晴らしいご投稿を嬉々として拝読させていただきました。

ぴあのふぉるてさんの文章は臨場感に溢れ、どちらの公演に対しても、当日の様子がクリアーに描写されており素晴らしいですね。小山さんへの尊崇の念に溢れ、温かい文章に引き込まれます。

音の旅第20回公演で、小山さんはゴルトベルク変奏曲を取り上げられましたね。小山さんは、決定的な名演を繰り広げられ、私にとっては、グールドの衝撃的なデビューレコードを初めて聴いたとき以上の(言葉の最良の意味での)次元の異なる衝撃を受けたことを、昨日のことのように思い出します。探し求めてきた【理想の演奏】=【小山さんの演奏】に巡り合うことができ、歓喜を極めたのでした。

小山さんの演奏を超える演奏ができるピアニストは小山さんしか居ないと断言できるほど、小山さんのゴルトベルクの演奏は全く別格としか言いようがありませんね。

ぴあのふぉるてさんの次のお言葉こそ、小山さんが最高の演奏をなさる秘密を紐解く鍵かと思います。

【小山さんの溌剌とした演奏にグイグイ引き込まれ、ワクワクしました。CD演奏より早めのテンポ設定で、各変奏の間隔も短いように感じます。(今回のステージは、68分間の旅でした!)】(ぴあのふぉるてさん)

そうです、小山さんの演奏が素晴らしいのは、第1に、理想的なテンポ設定にあるのです。速目のテンポ設定でありながら、何一つ忙しさ(せわしさ)がなく、音楽はあるがままに自然に流れます。絶妙のニュアンス(アーティキュレーション)が施され、平凡とは対極にある独創性を極めた演奏でありながら、恣意性が皆無で、そして違和感が全く無いというのは、ほとんど奇蹟としか言いようがありません。

ぴあのふぉるてさんが速目のテンポ設定について言及して下さったので、驚嘆すべき事例を一つだけご紹介したいです。

ト短調の25番目の変奏曲にadagioの表記があります。多くの鍵盤楽器奏者が非常に遅いテンポを設定してきました。グールドはデビュー盤で♩=16を設定しています。それに対し、小山さんは今回♩=38程度を設定されました。言い換えれば、リピート無しで32小節を演奏するのに、グールドが6分かけるところを、小山さんは2分半程度で演奏されたことを意味します。

小山さんが設定されたテンポは速すぎるのでしょうか?いいえそうではなく、理想のテンポだと思います。通常設定されるテンポが遅すぎるのです。まるで後期ロマン派音楽のように演奏する鍵盤楽器奏者も居ますが、違和感を拭うことができません。第25変奏は3/4拍子のアダージョですので、4/4拍子のアダージョと比べて一般に速くなるでしょう。その意味でも、小山さんが設定された♩=38は十分にアダージョの楽想を表現できるテンポであると同時に、《このテンポがあって初めてこの曲の真の美しさを心の底から味わうことができる》のだと思います。

小山さんは、人類の宝物のようなゴルトベルクの最新CDでは、第25変奏を♩=30に設定されています。何度も繰り返し聴き継がれるCDですので、小山さんは生演奏とは異なり、いくぶん遅めのテンポを設定されました。しかし、それでもグールドの♩=16や大多数のピアニストが設定したテンポ(♩=20〜24が標準)と比べて、♩=30は速く、そして本当に素晴らしい音楽的なテンポなのです。

〔主題〜30の変奏〜主題〕という人生を象徴するような68分間のゴルトベルクの旅(ぴあのふぉるてさん)・・・小山さんは、第25変奏を除き、全てリピートされましたが、リピートの度ごとに別の表現を施され、それは実に愉快で、時間の経過を忘れて聴き惚れてしまいました。ぴあのふぉるてさんのお言葉【カイザーリング伯爵にもぜひ小山さんの演奏を聴かせてあげたかった!】にすごく納得しています。こんなに楽しい時間があるのかと思うほど、愉悦感に浸ることができましたね。

件の第25変奏が、孤立することなく、美しく調和していたのも本当に素晴らしかったです。そして圧巻なのは、音の旅とCDとで体験済みの第29変奏〜第30変奏です。第29変奏の最後の音は全エネルギーを受け止め、その音は、長く引き伸ばされ、第30変奏「クオドリベット」の歌がはるかかなたから聴こえてきます。次第にエネルギーを得て、やがて歓喜の歌となり輝かしいフォルテが会場一杯を満たします。後半では、なおも音量を増しながら、歓喜から賛歌へと変容します。何という神々しさでしょうか!小山さん以外のどの鍵盤楽器奏者からも聴くことのできない、感動の極み・・・私だけでなく、悦びと感動で涙する人が何人もいました。

アリアで始まり、長大な30の変奏曲になぞらえた音の旅を終え、再びアリアが歌われます。それは、まるで新しい希望の未来に向かって小山さんの新しい魂の旅が始まったかのようでした。小山さんは、私たちを旅に連れ出して下さり、私達が小山さんのお供をすることで、私達も変わることができるように思えるのです。

【小山さんのゴルトベルク変奏曲を聴けば、悩みも眠気も吹き飛び、心身ともに健全になり、毎夜、ぐっすり眠れるようになること間違いなし!ですね。】(ぴあのふぉるてさん)・・・音楽を聴く悦びをこれほどまでに感じることができたのは、躍動するバッハの音楽の偉大さと、ピアノという楽器と協働して、その本質(知情意の調和と完全なバランス)を表現し尽された小山さんの偉大さがあって初めて成り立つのでしょう。そうでなければ、違和感や物足りなさが残り、聴き手は悦びに浸ることはできないでしょう。ぴあのふぉるてさんの素晴らしい結語は、まさに私達の誰もが、なるほどそうだと思わせる、示唆に富んだ素敵な表現だと感じ入っています。ぴあのふぉるてさん有難うございます。


★小山さんへ:小山さん以外の誰も到達できない、至高のゴルトベルク変奏曲の演奏を聴かせていただくことができ、感極まっています。こんなにまで聴き手を幸せにするバッハ演奏はそうはないと思います。誠に有難うございました。

とさま
Date: 2017/12/04/22:00:49 No.4788

Re:小山さんのゴルトベルク変奏曲@リリスホール
土の器
ぴあのふぉるてさま

小山さんへの敬愛の念溢れるご感想、そして演奏全体を把握されながらも個々の曲への臨場感溢れるご報告、いずれもがしなやかな筆致で綴られ、目を見はる思いで拝読させて頂いております。お会いする度、温かい言葉をおかけ頂いておりますことも、心からの感謝でいっぱいです。
さて今回のゴルトベルク、(本来私はバッハが苦手で、意を決して?出掛けたのですが)アリアから第一変奏に移るや否や、耳を疑うばかりの鮮やかな音にハッとさせられ、バッハは遊び心満開!現代にあっても尚新しい瑞々しさ溢れる作曲家であることに、初めて気が付かされました。各声部から間断なく紡ぎ出される旋律を、小山さんは自由自在、伸びやかな音色できっちり演奏され、時にお体を少々小気味よく揺らされるお姿は、視覚的にもこの曲の魅力をさらに増すところとなりました。当日の快晴の天気にも似て、バッハに対するモヤモヤ感は雲散霧消、清新な思いに駆られた次第です。また席数300ほどのリリスホールで間近に拝聴できたことにも、大いに助けられました。(休憩時には、たまたま隣り合わせた同年配の女性と演奏についての話が弾み、第二部ゴルトベルク開演のアナウンスが少々残念に思われる?付録までありました(^^ゞ。) まだまだ駆け出しの私、ゴルトベルクも上っ面しか見えておりませんが、これからも許される時、拝聴させて頂きたく思っております。

以下は、音の旅11/25(土)オーチャードでの感想です。時宜を逸し大変恐縮ですが、当日感じたことを書かせて頂きます。的外れは私の得意分野でもあり!その点もどうぞお許し下さい。

公演プログラムの中で、小山さんがバッハに対し「音符を通じ、“構築性”の美しさが見えてくる」と触れていらっしゃいますが、この音の旅そのものが、まさに構築性の美しさそのもの、ひいては“小山さんの音楽に対するお気持ちが、バッハそのもの”のように思えてなりません。バッハの何たるかも分からない者がこんなことを言う資格など何処にも無いのですが、美しさは、不思議にも私にも伝わって参りました。

先ずは、プログラム一番のバッハ・プレリュード。演奏が始まる迄小山さんのお顔をずっと拝見しておりましたのに、ピアノが鳴り出すや否や突然小山さんのお顔が視界から消え、このホールには、もはやバッハの霊のみが存在、時を超えバッハ自身がピアノを奏でている感覚に陥りました。永遠の音が優しく鳴り響き、私の目にはすうっと流れるものが。静謐な思いで聴き入る中、終わりかけの頃でしょうか、“これは小山さんの演奏である”現実に、引き戻されました。なんという美しさ、ホール全体がバッハの世界に包み込まれてしまったように思えたことでした。
次のフーガでは先程と異なり、最初からバッハ先生と小山さんのお二人が揃ってご登場。遊び心いっぱいに応え合い、その掛け合いの妙に、とても愉快な気分になりました。アンコールで奏されたフーガ2番と共に、バッハ平均律クラヴィーアの軽やかさ楽しさを垣間見させて頂くことになり、私の中でバッハが少しずつ親しみ易いものになっています。
次のシューマン作品111。前回の作品12から時間が進み、シューマンにとって晩年のこの時期におけるロマン、それはあまりにも苦しい精神の軌跡。第1曲の左手中心に奏される猛り狂う不安、それに輪をかけての右手での異形とも思える和音の響き。小山さんはこのようなシューマンに寄り添われました。荒ぶる思いのシューマンがこの演奏を聴き得たなら、その共感性に、いっ時でも心の安らぎを覚えたのでは、と思ってしまいます。
そしてシューマンからブラームスへ。私はコンサートに伺う度、初めてお聴きする曲が大変多いのですが、ブラームスのこの子守歌も勿論初めてでした。少しばかり予習をして参りましたが、出だしの主旋律♪ソ・ドシラソーの4音を拝聴した瞬間、今まで聴いて参りましたどの子守歌にもまして、強弱や音価・ペダルの深さ長さなどすべてが違和感なく美しく、小山さんの演奏なればこそと、深く頷く思いでいっぱいになりました。
一般に知られているブラームスの子守歌と全く異なり、人生の来し方の中で出あった ようような事柄を回想し詠いかけているよう。長調の調べながら、小山さんの穏やかで澄んだ演奏に、どこか哀歌の味わい漂う大人の子守歌をお聴きかせ頂いた思いになりました。

ブラームスの次はショパンの演奏と、承知してはおりましたが、ブラームスの長い余韻の後に、小山さんの指が再びピアノに触れられこぼれ落ちた音は、先程とは打って変わって、紛れもなくショパンの音色そのもの。たった一音ながら、その色彩の変化、鮮やかさにびっくり致しました。そして奏でられるノクターンの旋律は、ショパンとしてはかなりゆったりめでしたが、自分の残り時間を確かめ惜しみながらピアノに向かったであろうショパンに、ここでも小山さんは心の奥底からの祈りを以って寄り添われ、私まで慰めを頂いたことです。
さてノクターンに続いては、ブラームスと同名の子守歌。私は演奏が始まると同時に、左手の動きに釘付けになってしまいました。
小山さんの紡ぎ出される揺れは、誠に美しい夢のよう。揺れながらも決して揺れ過ぎず、まるで幼子を安らかな眠りに導く母親の鼓動のよう。たおやかながらどこか堅固さをも秘めたその無垢なる揺れに、すっかり心奪われ、右手の旋律をお聴きする筈の耳は、全くお留守になっていました。敢えて言うなら、右手は左手をモデファイヤするための添え??と、独りよがりな思いに沈みっ放しでした。ショパンの子守歌、次回は両手を等分に拝聴致さねばと、反省もしているところです(^^ゞ。

最後は、本日の白眉ベートーベンピアノソナタ32番。
各地の皆様が既に素晴らしい感想をお寄せになっておられます。私には思いつく言葉もありませんが、聴力を失い長い年月を経たベートーベンが、なおも神の啓示を受け(内在の神も含め)、今までと少し違った思いで作曲されたかと、感じております。sfの音が多くも、ppの部分では耳を澄ませ内声を聞き取ろうとするベートーベンの思い、また第一楽章が静かに長調の和音で終わるところに、シューマンとは違ったこれまでの生への肯定が含まれるよう感じました。それから第二楽章の第三変奏のいわゆるジャズのスウィングに似たところですが、私は、あの時代ベートーベンが思い描いたものは、ジャズとは少し違うのではないか、たしかにシンコペーションの連続ですが、小山さんの演奏されたシンコペーションこそ、最もベートーベンが表現したかったものかと、おぼろげながら感じた次第です。
小山さんの音の旅・最終章は、これからも永遠の時を刻み、まばゆい銀色の光を放ち続けます。そのような一ページを拝聴できましたこと、なんてもったいなく、幸せなことかと思っております。

オーチャード、そして偶然にもリリスホールでもご一緒致しましたぴあのふぉるてさま、とさまさま、
のろくて鈍い者にお付き合い下さり、いろいろお教え頂き、本当に有難うございました。
小山さん、まさとさん、そして全国のファンの皆様、日射しが遠のきコートの襟を立てたくなる季節になりましたが、どうぞお体大切にお過ごしくださいませ。有難うございました。 
Date: 2017/12/06/10:20:45 No.4789

Re:小山さんのゴルトベルク変奏曲@リリスホール
とさま
ぴあのふぉるて様
土の器様

リリス@本郷台で、小山さんの音楽を心から愛されるお二人とご一緒できてとても嬉しかったです。お二人は、それぞれの言葉で、ご自分の感じたことを真っ直ぐに語っておられ、本当に素敵だと思います。

小山さんの演奏を聴いてしまうと、他の演奏が聴けなくなってしまう・・・ぴあのふぉるてさんが以前に語っていらっしゃいましたが、これは誇張ではなく、真実だと思います。ファン仲間の方々が、口々に仰るのは【私たちは、今までこの曲の何を聴いてきたのだろうか】という表現です。ベートーヴェンの後期のピアノソナタにしても、リリスでのゴルトベルクもしかりです。

土の器さんが、もう一つ別の表現で、小山さんの演奏の素晴らしさを表現して下さいました。ファンの一人として、とても嬉しく感じています。

それは、ズバリ 【違和感がない】 です。

ブラームスの作品117の1の小山さんの奏楽に対し、土の器さんは【出だしの主旋律♪ソ・ドシラソーの4音を拝聴した瞬間、今まで聴いて参りましたどの子守歌にもまして、強弱や音価・ペダルの深さ長さなどすべてが違和感なく美しく、小山さんの演奏なればこそと、深く頷く思いでいっぱいになりました。】と書いて下さいました。

終演後、お話させていただいたときにも、【違和感のない】がキーワードとなって、小山さん賛歌で盛り上がりましたね。逆に言えば、【違和感のある】演奏がむしろ多く、〔解釈〕という名の下、聴き手は自身の心を弾き手の主張に合わせなければならなくなり、そのときに【違和感】が生じるのではないでしょうか?演奏芸術において主観は大切ではありますが、そこにほんのわずかでも〔恣意〕や根拠の乏しい〔自己主張〕が混ざり込みますと、とたんに音楽が色褪せてしまうように思うのです。

小山さんには、〔恣意〕や根拠のない〔主張〕は皆無で、【違和感】が全くありませんね。私たちが、本当のベートーヴェン、本当のバッハ、本当のショパン、シューマン、ブラームス・・・を聴いたと感じることができるのは、小山さんが大作曲家(作品)と完全に同化しているからなのでしょう。小山さんはピアノと協働して、作品に同化し、そして類まれなる技術を音楽的に駆使され、ホールと一体化して、聴衆に語りかけられます。
小山さんのsf、小山さんの音色、小山さんのリズム、小山さんのデュナーミク、小山さんのテンポ、小山さんのアーティキュレーション・・・これら全てが音楽に奉仕し、その結果創造される音楽はまるで今生まれたばかりのように、それぞれに相応しい佇まいで、違和感なく、自然の姿で、私たちの前に現出してくるのでしょう。

土の器さんは、小山さんのバッハ演奏をお聴きになって、きっと初めてバッハの楽しさを体験されたのでしょうね。【現代にあっても尚新しい瑞々しさ溢れる作曲家であることに、初めて気が付かされました。】(土の器さん)・・・本来はバッハを苦手とされていた土の器さんが、小山さんの演奏を聴いてバッハの魅力に開眼されたかのようですね。これを聞いて、小山さんはきっとお喜びになるでしょう。

11/25(土)@オーチャードでの素敵なご感想をとても嬉しく拝読しました。土の器さんの素晴らしく豊かな感性に心動かされます。ぴあのふぉるてさんの、これまた素晴らしいご感想と合わせて拝読すると、当日の全てが再現されるかのようです。

ショパンの子守歌の左手が主役であると感じられた土の器さんの感性に、目から鱗の想いです。

また、ベートーヴェンの最後のソナタの第2楽章の第3変奏・・・ジャズのスウィングに似たところに対するご見解も素晴らしいです。歴史的にジャズはベートーヴェンの作品よりずっと後(19世紀末から20世紀初頭)に登場したジャンルですので、そもそも、第3変奏がジャズのリズムに似ているというのは正しくないですね。ジャズがベートーヴェンの真似をしたんでしょうね(笑)。ですので、【私は、あの時代ベートーベンが思い描いたものは、ジャズとは少し違うのではないか、たしかにシンコペーションの連続ですが、小山さんの演奏されたシンコペーションこそ、最もベートーベンが表現したかったものかと、おぼろげながら感じた次第です。】(土の器さん)に大賛成です。

また、皆様とご一緒に小山さんの素晴らしい演奏を聴く機会があれば嬉しいです。

〜〜〜〜〜
小山さん、ファンの皆様
寒い日が続きますので、どうぞご自愛くださいますようお願い致します。

とさま
Date: 2017/12/07/20:13:44 No.4790


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「音の旅」第24回〔最終回〕シリーズ最終公演の感動の余韻に浸っています。
ぴあのふぉるて
12年間24回「音の旅」リサイタルリシーズ第24回〔最終回〕〜永遠の時を刻む〜
シリーズ最終公演が11月25日、Bunkamuraオーチャードホールにて開かれました。
壮大な企画を、お休みも変更もなさらずに、悠然と、淡々と実践し、初志貫徹なさった小山さん、本当に素晴らしい! 敬服と感謝の念でいっぱいです。
小山さんご本人は成し遂げたことのスゴさに気づいておられるのかしら?とこちらが心配になるくらい、いつもと変わらないように見えて不思議なのですが、何事にも平常心で臨まれる小山さんだからこそ、前人未到の偉業を達成なされたのだと推察いたします。

最終回のステージ、小山さんはきっと、これまでの歳月を振り返りながら、またこれからの人生を見据えながら、大切に大切に、心を込めて演奏なさっていたと思います。

プログラムはバッハのプレリュードから、優しく静かに始まりました。
演奏はもちろん、美しい音色をした楽器に、すっかり心を掴まれました。
シューマンの3つの幻想的小品は、時おり挟まれるシューマンらしい情熱のかけらが素敵です。先日のレクチャーで伺ったとおり、シューマンを軸とした本シリーズへの小山さんの深い思いを感じました。

小山さんの演奏を拝聴すると、往年の作曲家の皆様が急に身近に感じられるようになるのが不思議です。偉大な皆様も、ふつうに悩んだり叫んだりして、生身の人間として生きていたのですね。

プログラム前半の最後、「ベートーヴェンのお相手」として選ばれたブラームス:3つの間奏曲作品117は、慈愛に満ち、誠に深みのある演奏でした。
小山さんはこれまでの歳月に思いを馳せるように、一音一音をしみじみと、噛み締めながら弾いておられたように感じます。
拍手に応えてステージでお辞儀をなさる小山さんの目には、光るものが見えました。

ブラームスの作品117の後は休憩時間となりますが、すぐには動けませんでした。しばらくこのままでいたいと思いました。
(今、とさまさんのご投稿No.4781で 小山さんの「共感」「傾聴」と「救済」のお話 を読み返して、感動を新たにしています)
会場の空気もいつもと異なり、休憩に入ってもまだ静寂に包まれたままでした。

プログラム後半、小山さんのショパン作品は、凛とした中に、思いがあふれて素敵でした。内省的な曲たちに挟まれて、清涼剤のようですね。
そして12年間24回の全プログラムを締めくくる曲、ベートーヴェンのソナタ第32番は、格別でした。
この曲の演奏に入る前、小山さんは(いつもはピアノの中で小山さんを見守っている)白いタオルハンカチを手になさいました。
小山さんがステージでタオルハンカチをお使いになるのを目撃したのは、初めてです!
その数秒の間に、この曲に向けられた小山さんのただならぬ気合いを感じて、もう胸が高鳴りました。

そして、演奏が始まります。凄まじい出だしに、いきなり胸を打たれました。
ベートーヴェンの魂の叫びを、鬼気迫る奏楽で伝えようとなさっている小山さん、すごかった! 小山さんは繰り返される sf の表現を、身体全体を使って、髪も振り乱して、深く、しっかり打ち込んでおられました。
怖いくらいに激しく疾走する第一楽章と美しい安らぎの第二楽章の対比にも心を打たれます。
第二楽章、美しいメロディと印象的な揺れるようなリズムに続く、第3変奏の快活なジャズのリズム! 小山さんは上体をスウィングしながら躍動感いっぱいに弾いておられましたね。
第4変奏は、美しい高音で小刻みに揺れ動く箇所や、力強いアルペジオが印象的で、まさに「生命の誕生」を祝うような喜びに満ちていました。
第5変奏、情感あふれる主題の歌と、愛らしい繊細なトリルに心を揺さぶられました。
天から美しい光が小山さんに降り注がれるのが見えたような気がします。
静かな終結部は美しさの極みでした。

アンコール最初の曲はバッハ:平均律クラヴィーア曲集 第1巻より第2番 ハ短調 BWV847よりフーガ。
バッハを敬愛なさる小山さんのお気持ちがひしひし伝わりました。
そして最後は、シューマン:アラベスク ハ長調 作品18。シリーズ第1回の冒頭に置かれた作品で閉じられたのでした。
時は廻り、また新しい旅が始まるというメッセージに、心が踊ります。

小山さん、どうもありがとうございました。感無量です。
そして、これまで長い間、本当にありがとうございました。
小山さんの新しい音楽の旅を、また楽しみにしております。
ファン仲間の皆様、これからもご一緒に小山さんのお伴ができますように。
Date: 2017/11/28/09:53:55 No.4784

Re:「音の旅」第24回〔最終回〕シリーズ最終公演の感動の余韻に浸っています。
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ぴあのふぉるて様、いつもの如く素晴らしいご報告をアップしていただき、さまざまの理由で当日臨席できなかったファンにとっては、とても嬉しいことです。本当にありがとうございます。

また管理人まさと様にも、今回も、「管理人レポート」や「ロマンの旅レポート」のコーナーに、多くの写真を交えて当日の様子をご報告していただき、楽しむ事ができました。感謝に堪えません。

ぴあのふぉるてさんの今回のレポートからは、いつもに増して<静かなのに激しい感動>という印象を受けるのは私だけでしょうか?満席の聴衆の皆さんの、大きな感動のうねりが伝わってくるようです!

小生は12年間に亘る24回の小山さんの「ロマンの旅」に、ようやく20回目から合流させて頂くことができ、その幸運に感謝せずにはおれません。そして、これからも続けられる小山さんの音楽の旅にも、皆様と共に同行させて頂きたいという願いを、ここに表明させていただきます。
Date: 2017/11/29/02:28:31 No.4785

Re:「音の旅」第24回〔最終回〕シリーズ最終公演の感動の余韻に浸っています。
実稚恵さまの微笑み
ぴあのふぉるて 様

千秋楽となるオーチャドでの音の旅の詳細なご報告ありがとうございます。

あの広いホールでも、きっと実稚恵さまは感動を多くの方にお届けされたことと思います。

ぴあのふぉるて様述べられていた「感無量」という言葉が旅をご一緒させていただいた皆が必ず感じる心境だと思います。

今までの12年24回しかも全国各地公演という過去に例のない偉業を揺るぎない信念で完遂された実稚恵さまに只々、感謝の念と尊敬と敬服の気持ちを表すことぐらいしか私にはできません。

私は、とさまさんが引用されていた「・・苦悩を分かち合い、癒しを求める者には癒しを、愛を求める者には愛を与えようとするのがこれらの音楽なのだ。・・」ということを、正に実稚恵さまと音の旅をご一緒させていただいて毎回経験させていただきました。

「感無量」・・この言葉が全てを包みこみ抱いてくださる実稚恵さまの広いお心から発露されるのだと思います。

ぴあのふぉるて様の詳しいご報告で、また感動がよみがってまいります。浅薄な私は駄文を記していても、胸が熱くなります。

また実稚恵さまや皆様とご一緒に歩み、新しい旅や出会いを重ねていけたらと念じております。ありがとうございました。また、よろしくお願いいたします。
Date: 2017/11/29/17:55:34 No.4786


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12年間・24回リサイタルシリーズ「音の旅」第24回〜永遠の時を刻む〜
実稚恵さまの微笑み

この度の褒章受賞まことにおめでとうございます。

このような一大慶事のご発表の後に、駄文を投稿するのも気がひけるのですが先日、音の旅大阪公演に行ってまいりましたので毎度ながらの拙文を書き込ませていただきます。失礼いたします。

24回最終となる今回の音の旅・・・名残惜しく3度目の公演を聴きに晩秋の木枯らし吹く大阪はいずみホールに行ってまいりました。

寒さに震えながら入場すると立派なプログラムをいただきました。最終回を迎えた実稚恵さまのお言葉に主催者の方の想いを込めた言葉が添えられ、気持ちのこもった温かさを感じるとともに全24回の公演ポスター一覧や演奏曲目も掲載されており、ファンの方々もきっと音の旅の道程をなつかしく辿ったことと思います。

今回は、遅くになって席を求めたため、音の旅では初めての2階席(右手前方)でしたが、これが幸いしピアノの響きとホールの創り出す音響が絶妙で、また実稚恵さまの表情も余すところなく拝見でき、演奏の素晴らしさに正に没頭いたしました。

演奏前のあいさつは、他公演と同じく年月の経つ早さを実稚恵さまは述べられ、リハーサルで過去の大阪での公演の思い出がよみがえってくると仰られていました。

演奏曲目の紹介で、最後のヴェートーベンのピアノソナタ第32番を演奏していて「光を感じる」瞬間があると仰っていたのが凡人には達することのできない世界があるのだと感銘を受けました。

実稚恵さまの紡ぎ出す演奏1曲、1曲の究極の優しさ、哀しさ、美しさ、そして深遠さに圧倒されました。

終曲後に続く無音の沈黙とその後何度も起こった賞賛のブラボーの声。そして大きな拍手の波がホールを包み24回の集大成とまた始まりを予感させる最終公演は幕を閉じました。

実稚恵さまは最後のカーテンコールでステージ中央、左右2階席にも礼をされステージを去られました。

終演後は、実稚恵さまの偉大さ演奏の素晴らしさに感涙し言葉も出ず、深い感動の中で客席にとどまったまま動くこともできませんでした。感動のままホールを出ると、ロビー1面に眩い光が溢れていました。実稚恵さまの仰っていた光の照射を目の当たりにし神々しさに息をのむようなひとときでした。

実稚恵さま。感謝の心をもちましてお礼申しあげます。本当にありがとうございました。
Date: 2017/11/21/22:54:35 No.4778

Re:12年間・24回リサイタルシリーズ「音の旅」第24回〜永遠の時を刻む〜
covariant
実稚恵さまの微笑み様

いずみホールでの最終回のご報告をありがとうございます。
小生も、このシリーズの初聴取はいずみホールでのゴルトベルク変奏曲の回だったこともあり、
日程さえ合えば直前にでも行くことにしたいと密かに思っていたのですが、当日の別予定に変更は生じませんでした。(^^;

小山さんの目覚しいご活躍と、立派なご受賞などを思うと、私達は確かに「駄文など披瀝しても」と思いますよね。
でも、ここに投稿される方々の文は、きっとみんな小山さんはお喜びだろうと思っています。ファンの私達はどんどん声を出しましょうよ!微笑みさんには名古屋でお会いできたので、このように親しげに声かけさせて頂きます。(^^; 
勿論、あからさまに人を傷つけるような発言は控えたいですね。(私なんかは知らずに人を傷つける事はありますが。。。)

いずみホールでの感動をお裾分けいただき、私などはとても嬉しいです。ありがとうございました。
また何処かの会場でお会いできる事を楽しみにしています。
Date: 2017/11/22/01:19:35 No.4779

Re:12年間・24回リサイタルシリーズ「音の旅」第24回〜永遠の時を刻む〜
とさま
★実稚恵さまの微笑み様へ

第24回「音の旅」@大阪いずみホールでの小山さんの公演の模様を臨場感たっぷりにご報告いただき有難うございます。当日の感動が沸々と湧き上がってくるかのようです。

ホールのサイズそのものがピアノリサイタルに適しており、またホールの音響設計が秀逸であること、そしてピアノの状態がよいことも相まって、いずみホールで小山さんの演奏を聴かせていただく歓びは格別ですね。しかし、そうは申し上げても、小山さんが素晴らしいのは、どこのホールでも、どのピアノでも、その場所で、そこに相応しい最良・最高の音楽を造り上げていらっしゃるところにあると思います。調律・整調・整音を担当なさる方とのコラボにより造り上げられる最高の音楽を拝聴することで、私たちは掛け替えのない音楽体験をすることができるのだと思います。

いずみホールの2階席の音響が素晴らしいとの情報・・・なかなかそうした生の情報を得ることができませんので、貴重で有難いです。

気の利いた言葉が浮かばず、結局、小山さんの奏楽は、全てにおいて素晴らしいとしか言いようがありませんね。

ベートーヴェン作品の演奏の素晴らしさにどうしても話題が集中しますが、前半最後のブラームスの作品117など、小山さんは形容し難い深淵な演奏を披露して下さいましたね。過去のどのピアニストの演奏とも異なる新しい視点でのブラームス音楽の開示に衝撃を受けています。小山さんの奏楽による歴史的名演と断言できる作品118のときの衝撃を思い起こしています。

作品117は、ブラームスの絶望や悲嘆を表現した音楽であると考えられています。自身の手紙の中で、作品117に対して、「わが苦悩の子守歌」と書き綴っていることから分かるように、寂寥(せきりょう)感に充ちた楽想に痛みを感じない聴き手はいないでしょう。しかしながら、小山さんは、ブラームスの絶望的な心情に優しく寄り添うだけでなく、痛みを和らげる【共感】とブラームスの哀しい語りを【傾聴】するという奇蹟を音楽的に実現されたのです。それは、シューベルトの最後のピアノソナタ第21番変ロ長調D960での小山さんの唯一無二のアプローチと共通するものであり、聴き手はもちろんのこと、天国に居る大作曲家にとって、その【慈愛】に充ちたアプローチは、どれほど大きな【救済】となることでしょうか!偉大なピアニストである小山さんが、ピアニストという枠を超えた、魂の音楽を語る芸術家であることを物語っている音楽的事例なのではないでしょうか。

【共感】と【傾聴】という【慈愛】を支えに【救済】という次元に至るために、小山さんは持てる全ての音楽的技量を全身全霊で発揮されたかのようです。そして、音楽において技術は必要条件に過ぎず、作曲家の真の想いを伝えるのに本当に必要なことは、奏者の崇高な精神と芸格に他ならないことを確信した瞬間でもあったのです。

実稚恵さまの微笑様が終演後仰った「ベートーヴェン・・・凄かったけれど、ブラームスも本当に素晴らしかった!」に私は深く同意し、感極まった次第です。お気持ちを共有できて幸せに思います。

【終演後は、実稚恵さまの偉大な演奏の素晴らしさに感涙し言葉も出ず、深い感動の中で客席にとどまったまま動くこともできませんでした。】(実稚恵さまの微笑様)・・・アンコールのシューマン・アラベスクの妙なる調べが減衰し、針が一本落ちても分かるような静寂という永遠の音楽的時空間に心を委ね、身じろぎもせず、私も深い感動で零れる涙を抑えることができませんでした。

【感動のままホールを出ると、ロビー1面に眩い光が溢れていました。実稚恵さまの仰っていた光の照射を目の当たりにし神々しさに息をのむようなひとときでした。】(実稚恵さまの微笑様)・・・私を含む多くの聴衆の方が類体験をされたことでしょう。作曲家の晩年の(痛みを内包する)作品が並んだ、壮大な音の旅シリーズでなければ実現できなかったかもしれない、特別なプログラムであったにも関わらず、実稚恵さまの微笑様が仰るように、聴き手が神々しさを感じるというのは、奇跡のようなことだと思います。

哀しみ、痛み、苦悩と言った負の感情を内包する晩年の作品群を聴くことの意味について深く考えさせられた小山さんの奏楽でした。また実稚恵さまの微笑様が言及された『神々しさ』というお言葉から、大阪音楽大学の米山信先生の論文『二人称としての個人的音楽体験試論ーブラームス晩年の性格的小品op.117 を巡ってー』を思い出しました。

【人は喜びよりも、悲しみや苦しみからより多くを学ぶことをこれらの小品群(注:作品117のこと)は示してくれた。皮相的には一見、我々にとって「負」の要素であるこの深く複雑な心の働きがその背後になければ、喜びもまたその価値を豊かにすることが叶わず、色褪せたものに過ぎなくなるだろう。苦悩を分かち合い、癒しを求める者には癒しを、愛を求める者には愛を与えようとするのがこれらの音楽なのだ。】(米山信先生)

痛みを伴う音楽が痛みに終わらず、【共感】と【慈愛】という触媒作用により、やがて音楽は美しさの極みに達し、聴き手は〔救われた〕という感覚に誘われていく・・・それは音楽を聴く醍醐味でもあり、愉悦でもあるのです。そうした心理的な動きを体験した聴き手は、やがて対峙した作品の中に【神々しさ】を感得し、身動きできないほどの感動に浸ることになるのでしょう。

ブラームスの作品117、シューマンの作品111、ショパンのノクターンとマズルカ、そしてベートーヴェンの作品111における小山さんの奏楽における【共感】のまなざしは、首尾一貫して優しくかつ勁い(つよい)ものです。一見して作風の異なるこれら作品群への根底となる共通のアプローチであり、そこに小山さん以外の誰からも聴くことのできない、奇跡のような【神々しい】音楽体験が約束される鍵があるのではないでしょうか。

実稚恵さまの微笑様、感動をご一緒に共有できた幸せを噛み締めています。これからもよろしくお願い申し上げます。


★covariant様へ

 covariant様は、いずみホールで小山さんのゴルトベルク変奏曲をお聴きになったのですね。それはさぞかし素晴らしい音楽的体験だったことでしょうね。ホールも楽器の一種ですから、同じ曲であっても、ホールによって印象も変わるので、その違いを体験するのもまた楽しいことですね。

小山さんは、きっと、今後もブラームスやシューマンの晩年の昨品を各地で演奏されるように思いますので、そうした機会に恵まれるといいですね。

いずみホールはまもなく改修工事に入るとのことで、小山さんのアンコール公演は、他の会場と異なり、来年の11月18日(日)に開催との案内がプログラムに掲載されていました。リニューアルするいずみホールでの小山さんのピアノの調べに耳を傾けることができるといいですね。

私も、covariantさんと何処かの会場でお会いできる事を楽しみにしています。


★ぴあのふぉるて様へ
 最終回レクチャー&サロンのご報告・・・メモを取られたと仰いますが、驚異的なご報告に、ただただ感謝の念が沸き上がって参ります。ぴあのふぉるて様の文章には小山さんへの尊崇の念が溢れているだけでなく、流れが見事で、何か素晴らしい音楽作品を聴かせていただいているかのようです。全ての公演の千秋楽に当たるオーチャードでの小山さんの公演を聴きにいかれる方にとって、どれほど示唆に富み、価値のあるレポートでしょうか!

のちほど、正式なリプライができればいいなと思っています。

本当に有難うございました!

とさま
 
Date: 2017/11/23/13:37:51 No.4781

Re:12年間・24回リサイタルシリーズ「音の旅」第24回〜永遠の時を刻む〜
実稚恵さまの微笑み
covariant 様

早速、リプライいただきましてありがとうございました。お気遣いに感謝いたします。オーチャドには行かれるのでしょうか。またどこかで再会できる日を楽しみにお待ちいたします。

どうぞよろしくお願いいたします。

とさま 様

ありがとうございます。

まとまりのない私の感想に対しまして的確に補筆していただき、また当日の感動がよみがえってまいりました。

とさま様の学術的とも言える考察とアカデミックな高尚な文体にはさすがだと敬服するしか術を持たない私ですが、拝読させていただき、また熱いものがこみ上げてまいりました。本当にありがとうございます。

実稚恵さまは音楽という手段をお使いになりながら、私には表現する言葉がないのですが人々をお救いになる豊かな抱かれるような世界を、いつも私たちの前に現してくださいます。単なる演奏家という範疇をはるかに超えた実稚恵さま。宗教家のような導いてくださるようなお力をお持ちだと感じます。

とさま様のお言葉、「小山さんは持てる全ての音楽的技量を全身全霊で発揮され・・・音楽において技術は必要条件に過ぎず、作曲家の真の想いを伝えるのに本当に必要なことは、奏者の崇高な精神と芸格に他ならないことを確信した瞬間でもあったのです。」

正に雷に打たれたような、この瞬間に私も実稚恵さまの【慈愛】を支えとした【救済】という次元を強烈に感じとることができました。

いよいよ最終シリーズの千秋楽が近づいてまいりました。完結の地東京へは行けませんが、とさま様、そして皆様。。どうぞ実稚恵さまの「全身全霊の演奏」の様子をまた、お知らせくださいませ。


Date: 2017/11/23/18:09:58 No.4782

Re:12年間・24回リサイタルシリーズ「音の旅」第24回〜永遠の時を刻む〜
まじょるか魔女
小山さんの「音の旅」最終回グランドフィナーレはいよいよ、とうとう明日になりましたね。
明日の東京の天気予報は晴れ、凛として清々しい日になりそうですね。
微笑みさんが添付された光溢れるロビーの写真に見入りました。皆さまのご投稿、ぴあのふぉるてさんの「[最終回]レクチャー&サロンのご報告」(No.4777)を拝読して、長い旅路を歩まれた 小山さんの次なる扉から差し込む眩しい光が見えるようです。
明日の演奏会は、小山さんと会場の皆さまの心がひとつになり、かけがえのない時間になることでしょう。(演奏会の時間には遠い田舎より、傾聴の気持ちで 小山さんの音色を想像したいと思います)
12年間24回の音の旅の終着駅の景色は、誰もまだ見たことがない言葉を超えた音世界が拡がっていることでしょう。
Date: 2017/11/24/22:46:26 No.4783


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第24回〔最終回〕レクチャー&サロンのご報告
ぴあのふぉるて
「ピアノで綴るロマンの旅」第24回〔最終回〕(11/25東京公演)のレクチャー&サロンが11月3日、Bunkamura館内のリハーサル室で開かれました。
今回小山さんのお話のお相手役をお務めになるのは音楽ライターの片桐卓也さんです。
片桐さんは小山さんの12年間24回リサイタルシリーズを第1回から欠かさずお聴きになり、小山さんと親交が深くていらっしゃる由、ご紹介がありました。
片桐さんのお心のこもった進行のおかげでしょうか、この日は小山さんの思いの丈をたっぷり伺うことができました。
遅くなりましたが、当日のメモ書きを元に、小山さんが最終回プログラムに込めた思い、選曲の意図や作品解説などをご報告いたします。ご参考まで。

レクチャーに入る前、片桐さんより小山さんの紫綬褒章ご受章を讃えるお祝いの言葉があり、会場から大きな拍手が湧き上がりました。小山さんはちょっとはにかんで首をすくめながら椅子から立ち上がって深々とお辞儀をなさいました。紫綬褒章ご受章の栄誉に輝いてもなお、慎ましくて可愛い小山さんのままでいらっしゃいます。

片桐さんは小山さんの12年間リサイタルシリーズを振り返り、「12年間たった気がしない。あっという間に過ぎた。これまでの人生にない密度の濃い12年間だった。春と秋、半年ごとのリサイタルが楽しみだった」と、ファンの思いを代弁するように温かなご感想を述べてくださいました。
小山さんも、「ひとことで言うなら、“あっという間”としか言いようがない」とおっしゃいました。その際、小山さんが東日本大震災に触れて長い歳月を振り返られたことに、心を打たれました。

配布されたA4プリントにびっしり並んだ、12年間24回分の演奏曲目リストをご覧になりながら、片桐さんが「構想そのものから、かなりの時間ですね。しかも、最初の発表から一曲も変わってないんですね!」と驚嘆なさいます。
「14年くらいですね。作った時は、これがいいんじゃないかなと…。
いいな、好きだなぁ、と思ったことは、変わらないんだと思います」と小山さんご自身は、特別なことは何もしていないとでもいうように、穏やかにお答えになりました。どんな時も気負うことなく、ご自分の思いに素直に従うことが、長年、最高の演奏を続けていらした極意なのかもしれませんね。
シューマンとショパンを軸に進み、最後はシューベルトとベートーヴェンに集約されたプログラムについて、「今、組んだとしても、大筋はかなり似ていたのではないかと思います」とおっしゃった時、小山さんの揺るぎない信念を感じました。

小山さんのお好きな作曲家:
・このシリーズをして、本当に好きなのはバッハだと思った。
・シューベルトは本当に美しい。若い頃も好きでしたが…今は、微妙な変化に惹かれる。
・シューマン、ショパンも素晴らしい。
・ラフマニノフもピアノの魅力を引き出すが…
・ベートーヴェンの濃さ! 濃度! 楽譜から魂を感じる!
「革新性」未知のものへのエネルギーの取り入れ方、身体ごとぶつかって行く強さが人々の心を打つのかな。(フレーズに想いを込める作曲家もいるが)ベートーヴェンは「一音」に想いを込める作曲家。…と熱くお話しくださいました。

片桐さんはベートーヴェンの作風を、終わりがない階段にたとえてお話しになりました。「階段をのぼるたびに屋上に出ると、違う空があり、新しいインスピレーションを得て、書いていく。階段をのぼるたびに違う世界が広がっている。その先に広がっている違う世界に対する期待感がある」と。
お隣でじっと耳を傾けておられた小山さんは、片桐さんのお考えに同意されつつ、ご自身のベートーヴェン像を披露なさいました! 
小山さん:「うーん。… 確かに一段ずつ違う世界をはっきり打ち出しているけれど、最後のソナタは、何かが来る、何かが生まれる…。自分から扉を開けて進んだベートーヴェンですが、それ以上のものが登場する、新しい何かが来る感じ。人間であるんだけど、意志を超えた部分を感じる、すごい世界!」
お二人のお話は、生演奏のようにスリリングな展開でした。

記憶に残っている回は?との問いかけには、第12回(2012/1/28開催)のリサイタルをあげてお話しになりました。(大震災が起こるとは知らずに)「音の洪水」というタイトルをつけてしまって、悲しかったこと。タイトルを変えようか悩んだこと。仙台の人の言葉を聞き、変えないでやっていこうとその時思ったことなどのお話から、小山さんの優しさと決意が伝わりました。

最終回のプログラミングについて:
・晩年の作品は、お互いを呼び合う。
・ベートーヴェンのソナタがあまりにもすごいものと感じていたので、お相手が難しい。
 (=プログラムに組み合わせる他の作品を選ぶのが難しい)
・ベートーヴェンのお相手には、晩年の作品に自ずとなった。など、たいへん興味深く拝聴しました。
小山さんは、ベートーヴェンの「お相手」選びの過程も、きっと楽しまれたことと思います。

イメージカラー「銀」については、
「地味にはなるんだけど、内側から気持ちが、叫ばなくても、溢れる」とお話しくださいました。シューマン(3つの幻想的小品)は、「直接叫んでいるわけではないけれど、叫んでいる時期の断片が挟まっている」とのこと。
「ブラームス、秘め事ですね」(片桐さん)を受けて、
「作品117は稀有な名作と思っている。流して弾く音がない。深い哀愁を一つ一つに宿している感じ。ブラームスは噛みしめる。果物で言えば、葡萄。」(小山さん)
作曲家を果物にたとえる小山さんの感性、素敵です。
(以前伺った和菓子編:ブラームスは羊羹、シューベルトは岐阜の栗きんとん=ほろほろとした栗の茶巾絞り、でしたね!)

「ショパンは作曲家の中では、それほど人生が作品に反映しなかった。その時々の姿は出たにせよ、作品を作る感性は職人的で、自分の姿をさらけ出さない。最初から完成度が高い」とのお話では、小山さんの深い洞察力に感じ入りました。「幻想ポロネーズ」、コーダの若々しさについての対話で、小山さんが「美意識ですね!」と、きっぱりとおっしゃったことも、鮮やかに心に残っています。
その後、天才を生んだ19世紀の英才教育と能率を重視する今の教育にもお話が及びました。
片桐さんの素敵なご感想、「小山さんのピアノに対する“愛”、ピアノを弾くことがお好きなんだなぁ。その印象は変わらない」に同感です。

質疑応答に入る前に、改めて最終回のプログラムについてお話しくださいました。
・バッハは大切な作曲家。
このシリーズでは自分の中に24の調性という意識がある。シリーズの終わりだけど、自分の中の最初の気持ちを呼び起こしたい。ハ長調に回帰していく。
・シューマンのファンタジーは、断片のようなものがひょいひょい出てくる。
思い出と、このシリーズへの敬意で選んだ。
・ブラームス作品117は好きだったので…。ベートーヴェンの32番をシリーズ最後のソナタとした時、プログラム前半の最後には、地味で静かなんですけど、ブラームスの深みが欲しい。置く位置がショパンと逆?と思うかもしれないけれど、私は前半の最後にブラームスを置きます。
・ショパン作品:
ノクターンはagitatoでドキドキする部分もある。
子守歌は舟歌の左手と音形がそっくり。大人が聴き耳を立てる子守歌。
マズルカは絶筆。スケッチしかない。短い方を弾こうと思っています。無調に近い。もしもショパンが生きていたら、新しい調性の世界に突入する作曲家では?
・ベートーヴェンのソナタは全く違う。1楽章の激しさ、2楽章の美しさ。
扉を開けて行ったのですが、最後には違うものが…。

「こういうプログラムは、こういうシリーズでなければ、できない」と片桐さんが敬意を込めて締めくくられました。本当にそのとおりですね。

質疑応答:
Q:毎回、色を指定してお花を活けることは、どのように思いついたのでしょうか?(初回からご参加の女性ファンより)
A:以前、スクリャービンの作品を演奏したとき、広い舞台に何かがあるとそこから(聴く人たちの)感覚がかき立てられることがある、と感じました。
色の表明は、前からコンチェルトの演奏では、ドレスの色を合わせていました。
お花はホールが飾ってくださるので嬉しい… といったお答えでした。

最後に、バッハのプレリュードを演奏してくださり、静かな優しい音色が心にしみ入りました。
小山さん、片桐さん、素晴らしいレクチャーをどうもありがとうございました。
記念撮影後のサロンパーティーも心暖まる、すてきなひとときでした。
11/25は小山さんの渾身の最終回プログラムを、心して拝聴したいと思います。
ファン仲間の皆様、ご一緒できることを楽しみにしております。
Date: 2017/11/21/22:38:22 No.4777

Re:第24回〔最終回〕レクチャー&サロンのご報告
covariant
ぴあのふぉるて様

貴重な貴重なご報告をありがとうございます。微笑みさんのいずみホールのご報告に喜んで飛びついていましたら、
ぴあのふぉるてさんならではの、要点をついた詳細なご報告にも気がついて、歓喜しています。(←決して大袈裟表現ではないです。(^^;)
片桐卓也さんもよかったのですね。私は、小山さんの種々のCDのノートを書いている方々が多岐に亘っているようであることからも、小山さんの多才さ(多彩さ)を推測していたのですが、その多くの方々の中でも、片桐さんのこともこれでしっかりインプットされました。(^^;

小山さんの発言はやっぱり、生来哲学的性向の強い私にとっても、哲学者の発言です。(←意味不明な発言かもですね?(^^;)
そして、バッハを一番お好きとのこと。バッハが一番お好きということは、ピアノが勿論一番お好きなのだけれど、そのピアノという物よりも、それで表現する音楽そのものをこそお好きなのだということと思います。ベートーヴェンの凄さは、私は小山さんととさま様に依って、認識を新たにしました。(勿論ほかの作曲家についてもほんとうに色々と楽しく学ばせていただきました。)そのベートーヴェンを、これから小山さんについて行けばより深く学べるのだろうと思うと、とても嬉しいことです。

ぴあのふぉるて様、ご報告をほんとうにありがとうございました。
いよいよ今週末に迫ったこのシリーズのグランド・フィナーレが祝福と共に迎えられますように、そしてお歓びを申し上げます。
Date: 2017/11/22/02:16:09 No.4780


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紫綬褒章ご受章おめでとうございます
ぴあのふぉるて
小山さん(高橋実稚恵さん)、紫綬褒章ご受章おめでとうございます。

今朝、実家から小山さんのご受章を知らせる電話連絡がありました。
小山さんを尊敬し、「小山さんは近い将来、間違いなく紫綬褒章を受章なさるだろう」と、かなり前から予言?していた父は、電話の途中で感極まって声を詰まらせていました。

アルバムデビュー30周年記念新譜の録音、ご著書のご出版、12年間24回リサイタルシリーズの完結、などお祝い事が続く記念の年は、紫綬褒章ご受章という輝かしいコーダが待っていたのですね!
本当におめでとうございます。心よりお祝い申し上げます。ファン冥利に尽きます。
小山さんのご健康とますますのご活躍をお祈りしております。
Date: 2017/11/02/10:01:03 No.4771

Re:紫綬褒章ご受章おめでとうございます
とさま
小山さんへ

紫綬褒章のご受章 誠におめでとうございます!
こちら仙台の河北新報でも、仙台ご出身の小山さんの受章を讃えた記事が載りました。小山さんの音楽を愛する全ての人にとって、この報は大きな歓びです。

小山さんのご受章は当然ではありますが、紫綬褒章の受章件数は少なく、クラシックの音楽家の受章もこれまで多くはありませんでした。特にピアニストでいらっしゃる小山さんが受章されたことは、ピアノ音楽の愛好家にとっても、嬉しいことかと思います。

これからもピアノ演奏という尊くかつ気高い活動を通じて、作曲家の魂の音楽をお届け下さい。小山さんの音楽を聴くと、多くの人が勇気と活力とを得ることができ、そして幸せになることができます。

この度は、誠におめでとうございます。

とさま
Date: 2017/11/02/16:09:23 No.4772

Re:紫綬褒章ご受章おめでとうございます
まじょるか魔女
小山さん、紫綬褒章のご受章おめでとうございます。一歩ずつピアノの道を歩んで来られたご努力の積み重ねの賜物と、心より尊敬しお祝い申し上げます。

ぴあのふぉるてさん、ニュースをいち早くお知らせいただき有り難うございます。お父様は、小山さんのご受章を以前から確信されていたのですね。
とさまさんが仰るように、小山さんの音楽を聴くと幸せで前向きなパワーをいただけて、いつも感謝しています。こうしてファン仲間でお祝いできること、本当に嬉しいです。

小山さんの実績がしっかり讃えられながら、「音の旅」最終回の千秋楽を迎えられるという素晴らしい流れは、まさに輝かしいコーダですね。
小山さん、お身体どうぞ大切に‥新しい音の旅の日々も豊かなものでありますように。
Date: 2017/11/02/20:20:10 No.4774

Re:紫綬褒章ご受章おめでとうございます
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紫綬褒章ご受章、おめでとうございます。

ファン仲間の皆様の適切なお祝いの言葉に、なかなか付け足せる言葉を持ち合わせては居ません。(^^; つまり、皆様のお祝いの言葉に、全く同感です。
勿論人の評価をする資格など無い小生ですが、この場に集い皆様との絆を持てた時から、小山さんがこのような褒章を得られるであろうことは、私の中でも自明の事です。

そしてそのような方でありながら、ピアノ聴衆をはじめ、小山さんに接する皆さんや、私達に対する謙虚で優しいお姿に、私達は益々尊崇の念を抱いております。きっと小山さんには、これまで培った自信と共に、ご自身の限界をもはっきりと見定める認識を持っていらっしゃる。それだからこそ心から謙虚になられるのだと私は想像し、まさにそのことが、私には尊敬すべき由縁となっております。

「ピアノの詩人」というのは、ショパンにつけられた形容と存じますが、今や小山さんはピアノ演奏家として、さまざまな作曲家の思いを表現できる音の詩人であり、そして語られる事は、少なくとも私には哲学者です。
これからも人々の前で、大いに演奏していただき、そして時には語ってもいただきたく、益々のご健康とご活躍をお祈り致します。
Date: 2017/11/03/14:23:40 No.4775

Re:紫綬褒章ご受章おめでとうございます
土の器
小山実稚恵様

紫綬褒章のご受賞、なんて嬉しいお知らせでしょう。紫綬褒章が、私の中で更にさらに“重み”を増しました。遅ればせながら、心よりお祝い申し上げます。
お名前に、大きく豊かなご成長を願うご両親様のお気持ちを感じておりましたが、この度のご受賞はなんと眩しく、そしてどんなにかお慶びのことでございましょう。
創世記に「神が『すべてよし』とされた」との言葉がありますが、この言葉がそのままそっくり小山さんにお似合い!です(^^)。
ここに至られるまでの全てが、祝されました。本当におめでとうございます。
Date: 2017/11/12/07:59:17 No.4776


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永遠の時は内側から銀に輝く 〜小山さんの「音の旅」の終わりに〜
まじょるか魔女
10月28日(土)、名古屋宗次ホールにて、「音の旅」最終回を拝聴しました。
名古屋は、福岡、仙台と同じく雨でした。
小山さんは、シルバーのビジューが付いたモーブ(すみれ色)のドレスを纏って登場され、マイクをお持ちになり、演奏前にお話をしてくださいました。
第13回に初めて「音の旅」を拝聴したとき、小山さんが曲目の解説をしてくださったことに驚いたものです。
偉大なピアニストである 小山さんが控えめに、はにかむように曲の素晴らしさを語られるお姿に一気にファンになりました。それに続くベートーヴェン「月光」では、今まで聴いてきた曲は何だったのか、初めて聴く曲のような
衝撃に椅子からしばらく立ち上がれず、確信的なファンになったのでした。

「無人島に一つだけ持っていくならバッハの平均律クラヴィーア曲集の楽譜」と仰るくらい大切にされている 
バッハの調べがホールを満たしていきます。
白から始まった「音の旅」が様々な色に染められ、内側から滲む銀色に輝く最終回。
バッハの曲は旅の終わりの港が見えて、心を浄める神社の手水舎のような作用をしてくれます。
シューマン、ブラームス、ショパンは、小山さんが「本質的な種」と表現された、至高の音楽のかたちがありました。
「嘆きの」子守唄、「大人のための」子守唄からは、ベートーヴェンへの繋がりを予感します。

ベートーヴェン第32番ソナタ。「音の旅」で、30番、31番、32番と続けて拝聴して、この3曲がひとつの星座であると受けとめました。
儚げに始まる30番、しみじみとかみしめるような31番。そして、32番はふたつの楽章のコントラストが
ベートーヴェンが駆け抜けた生涯全てを物語っているかのようです。
第1楽章は「走馬灯、不屈の意思」、第2楽章は「天国への階段と、再生への祈り」。ベートーヴェンは、この曲を
通して此岸から彼岸へ渡ったのですね。
第2楽章の新しい命を象徴するトリルは 小山さんが時空を超えて、ベートーヴェンに寄り添うかのように
奏でられました。
生命の細胞がふるふると誕生の時を待っています。ホール上空から音粒が煌めきながら降ってきます。
ステージは全てが解放され大きな愛に包まれる神々の土地。眩しい光は客席に拡がっていきます。
小山さんがシリーズのプログラム構想に着手されたころから、「第24回の最終回には必ず演奏しようと
決めていました。今日までその気持ちが揺らいだことは、一度もありませんでした。」と仰るベートーヴェンの
最後のピアノソナタ。「音の旅」半ばには、小山さんの生まれ故郷の東北が地震にみまわれ、多くの尊い命が天に召されました。
祈りを込めたトリルが続きます。新しい命、甦り生まれ変わる命の細胞が震えながら徐々に大きくなっていきます。
神聖なときに臨場し呼吸することも憚られます。崇高な旋律のなかで、神の祝福のように左手「ミドミソーファ」の
音色(164小節〜165小節)が天から降りてきます。
宇宙との交信のようなトリルのなかでも、sfの息吹が前へ前へ・・・と命の賛歌の響きを支えます。

「癒しでなく、生きる勇気を」。仙台での『こどもの夢ひろば』にかける 小山さんのメッセージが音になり、
語りかけます。
24回にわたる「音の旅」の集大成として、フィナーレの曲で音楽の大きな輪廻の環が完成したのです。
ベートーヴェンは会場の片隅に佇み、静かに涙されていたことでしょう。
あえてジェンダーフリーでない表現になりますが、小山さんの第1楽章始まりの鍵盤に触れる前の凄まじい「気」、
くい込むような打鍵、音塊のスパークは、誰よりも雄々しかったです。
そして、密やかなトリルは誰よりも女性らしかったです。いえ、アンドロギュノスというよりは、男性女性を超えた
「人間」としての 小山さんを深々と感じました。
それは、ベートーヴェンが表現したかった音楽に他ならないのではないでしょうか。

言葉の要らない音楽により表された人間の業と魂の浄化、そして、再生の予感。
最後のハ長調の和音が天に昇り、ホールは真空になり・・・小山さんは旅の終わりの息をつかれました。
静寂ののちの、拍手。
小山さんはお辞儀をされて、じっと客席をご覧になったのです。その時の表情は「この曲を目指して歩んできた
12年間の音の旅が今終わりました」と仰っているかのように感じました。
310席の宗次ホールはブラヴォーの声を出すことも憚られるような空気に包まれていました。

アンコールは、バッハ:平均律第1巻第2番ハ短調フーガ、そして、シューマン:アラベスク。
第1回の始まりの曲であるアラベスクの演奏により、「音の旅」輪廻の環が繋がりました。
ひとつの終わりは新たな始まり。小山さんの眼差しは、次は何を求められるのでしょうか。

今回は、「実稚恵さまの微笑み」さん@大分、covariantさん@金沢、とさまさん@仙台、ぴあのふぉるてさん
@東京、ピア友と魔女@岐阜、6名で 小山さんの旅のお供をすることができました。かけがえのない時間を
共有できた幸せに感謝しています。
第13回をひとりで拝聴してから、ご縁の環が拡がり、「小山さん賛歌」を語り合える方々が増えて「音の旅」を
通じて交流ができたこと、これもひとえに 小山さんの音楽の求心力のおかげと改めて御礼を申し上げたいと
思います。
ピアノの調律ご担当の方、小山さんのサイン会などに付き添われる方、「音の旅」に関わられるスタッフの皆さま、
小山さんの最高の演奏のためにご尽力いただき誠に有り難うございます。

銀色は金色と同じく、混色できない唯一無二の色です。
白よりもさらに質感と深みをもつ特別な色。内面から輝いていらっしゃる 小山さんのようですね。
新しい旅立ちを迎える 小山さんを、これからも皆さまと共に応援していきたいと願っています。
言葉に尽くせない感謝の気持ちを込めて、本当に有り難うございました。
Date: 2017/10/29/21:59:08 No.4767

Re:永遠の時は内側から銀に輝く 〜小山さんの「音の旅」の終わりに〜
covariant
「小山実稚恵の世界」24回シリーズも、私には最終となる名古屋宗次ホールでの感動をお伝えするに際し、まじょるか魔女さんの、またしても素晴らしい文章に救われております。(^^;

少年時代に大学の哲学科が何で理学部ではなくて文学部にあるんだ?と大変不満であった小生にとりまして、J.S.バッハの曲がとても数学的であるということには解説抜きでも納得できるのですが、最晩年のシューベルトやベートーヴェンのピアノソナタに人生の苦悩と解放や魂の昇華が反映されていると言われても、俄かには捉えられなかったような無粋者でございます。(^^;

しかし、シューベルトのピアノソナタ第21番とベートーヴェンのピアノソナタ第30番〜第32番は、
とさま様の解説(本ファンサイトでも、No.4714、No.4739、No.4764、No.4765 など)と、YouTube等での予習を踏まえて小山さんの生演奏を拝聴した今、最も聴きたい音楽になっています。
そしてそれは、とさま様仰るとおり、小山さんの演奏でなければならないのです。
それぞれの作曲家が思いを籠めた楽譜を読み取り、それをご自身の身体に覚えこませて実に的確に表現されている小山さんのその生演奏に、宗次ホールでは至近距離で触れることができました。本当に圧倒され、敬虔になりました。

現在私は、NHKラジオ第2放送「こころをよむ」シリーズの、霊長類学者松沢哲郎博士『心の進化をさぐる』(10月〜12月毎日曜 6:45〜7:25 ほか再放送もあり)を拝聴しています。松沢博士は主にチンパンジーの研究を通して霊長類学を開拓されてきた方ですが、心の進化の産物として、この先、芸術も取り上げられる予定になっています。唐突に聞こえるかも知れませんが、私は今回の小山さんのベートーヴェン最晩年の演奏に触れると、崇高さと共に、チンパンジーにも発現しているこの最もプリミティブな芸術、魂の根源、その根幹にも触れられる気がします。だから涙が出るのです。

現在の私はまた、難病を抱える方々と触れ合っています。その方々は、コンサートやリサイタルには殆ど参加できません。そういう方々に、小山さんの演奏によるべートーヴェン最晩年のピアノソナタを届けたい、という思いで一杯です。
どんな人も、それぞれに与えられた条件(運命)で精一杯生きることが、その人の人生の歓びになるのだ、と最近の私は確信しています。そのような歓びを分かち合うためにも、小山さんの演奏録音を是非にとお待ちしています。

そして、小山さんの尊い演奏活動を通して、こうして私達ファンの絆も深まっていることに、ほんとうに感謝申し上げます。
Date: 2017/10/30/09:05:51 No.4768

Re:永遠の時は内側から銀に輝く 〜小山さんの「音の旅」の終わりに〜
実稚恵さまの微笑み
まじょるか魔女さま covariantさま

最終回にして初めての名古屋。

うかがったホールは、大都市でありながら音の旅シリーズ公演ホールの中では最小の客席数。
しかしながら観客とステージの距離も至近でしかも、高さもないために見上げることなく実稚恵さまの演奏をお聴きすることができる輝かしい響きの稀少なホールでした。

今公演2回目の実稚恵さまとの再会を常連(笑)とも言えるファンの皆様方とご一緒に果たすことができました。

今回はベートヴェンのピアノソナタ第2楽章の第2、第3変奏の強烈なビート感、グルーヴ感が印象に残りました。ダイナミックというかスケール感というかクラシックでは、お目にかかることのない演奏がホールに満ち溢れました。

その対比か、後半のトリルに導かれた極致の美しさとも言える旋律から、下降音形の繰り返しを経て、静かにしかし揺るぎない実稚恵さまの圧倒的な存在感をもって吸い込まれるように迎える終曲部分。。博多公演と同様に感動と感銘で涙が滲むようでした。

「演奏後、小山さんと聴衆で無言の対話が交わされていた・・」まさに、そのような至福の沈黙に身を委ねる幸せを感じました。

実稚恵さま本当にありがとうございます。

そして同行いただきました皆さま大変お世話になりました。
Date: 2017/10/30/15:02:25 No.4769

Re:永遠の時は内側から銀に輝く 〜小山さんの「音の旅」の終わりに〜
ぴあのふぉるて
一昨日10/28、「音の旅」最終回〜永遠の時を刻む〜を、ファン仲間の皆様とご一緒に、宗次ホールで拝聴いたしました。

バッハ、シューマン、ブラームス、ショパンの作品と、ベートーヴェンの最後のソナタで構成されたプログラムは、格別でした。
それぞれの作曲家の生の声が聴こえ、姿まで見えたような気がします。小山さんのピアノ愛と作曲家への尊敬が、深く心に染み入りました。

美しい深みのある銀色のドレスでステージに登場なさった小山さんは、すぐにお話に入られました。
あっという間に、もう12年経ってしまったこと、その間に人生を考えさせられる出来事もあったこと、最終回まで続けられて幸せ、とこれまでの歳月に思いを馳せて静かにお話しなさるお姿は、いつもの可愛い小山さんですが、にじみ出る謙虚なお人柄と気高いお心に感銘を受けました。
今回のプログラム選曲の背景や、作品の特徴、それぞれの作曲家への思いもご披露いただき、ありがたく拝聴しました。

最終回のプログラム、最初の曲は、バッハ:平均律クラヴィーア曲集 第1巻より 第1番。心が洗われるような美しさです。
小山さんにとってバッハは「大きな存在」。「時間を超えて常に新しさがある」、「常に興味が尽きない」作曲家で、無人島に何か一つ持っていくなら「バッハの平均律がいいかなぁ」と冒頭でお話しくださった、そのお気持ちがそのまま、演奏に込められていましたね。

続くはシューマン:3つの幻想的小品 作品111。
「音の旅」シリーズ「二人の軸」の一人、シューマンの晩年のこの作品は聴いたことのない曲でしたが、情熱と独特の魅力に満ちて、やっぱりシューマンそのものでした。

それから、「人間としての深さ、懐の大きさに惹かれる」とご紹介くださった、ブラームス最晩年の作品「3つの間奏曲 作品117」を深い、ふくよかな音色で演奏なさいました。
悲しみや苦しさは「優しく、慎ましやか」に語られるといっそう身に沁みるのだと感じました。本当に切なくて胸が痛みますね。

休憩を挟み、プログラム後半は、もう一人の軸となったショパンの作品が奏されました。「最後のノクターン第18番」は、激しささえも気品に満ちて、誠に美しい作品でした。
「単純なんですけれど美しい、ピアノという楽器も生かされている」と解説していただいた「子守歌」は、清らかで優しくて、ピアノを聴く喜びを満たしてくれますね。
小山さんが「調性を超えた世界に入っていたのでは?」とおっしゃった、マズルカ第49番は、哀しくて美しくて、本当に「魂が浮遊していく世界に誘われるよう」でした。

12年間24回リサイタルシリーズを締めくくる作品は、小山さんが特別な思いをもってシリーズ企画当初から最終回で演奏すると決めておられた、ベートーヴェンのピアノソナタ第32番 作品111です。
小山さんは凄まじくて美しい、奇跡の演奏をなさいました。尋常でない気持ちの込め方と最高の演奏技術によって、圧倒的な音楽が生まれたのです。
ベートーヴェンの不屈の精神が描かれた強くて闘争的な音楽かと思うと、安穏を求めるような柔らかな美しい調べが聞こえてくる。その劇的な対比に痺れます。中毒になりそうです。ベートーヴェンの魂、しかと届きました。生々しいほどの鮮やかさで。
この曲はこれまで何度も、他の演奏家のCDで聴いたような気もするけれど、もしかすると別の曲だったかもしれない、と思ったほどです。本当の第32番 作品111を、この日初めて体験したといっても過言ではないと思います。
楽聖ベートーヴェンも草葉の陰から小山さんのステージを見守り、感極まって髪をかきむしっておられたことでしょう。

曲の終わり、最後の和音が消えゆくのを聴き届けると、完全な静寂が訪れました。それから、祈るような温かな拍手がわきあがりました。小山さんはステージから客席をじっとご覧になり、聴衆と静かな対話を交わそうとなさっていたように見えました。目で語られる小山さんの想いをしっかり心に刻もうとした、ちょうどそのとき、突如、創業者の宗次さんが黄色い立派な花束を抱えて登場なさり、にこやかにお祝いのご挨拶をなさったのです。オーマイグッドネス!(泣)(花束贈呈は素敵です。でも、タイミングが、ほんの少し早すぎたわね)

小山さんはその花束を舞台袖に持って下がられて… それから、アンコールを2曲弾いてくださいました。
バッハの平均律クラヴィーア曲集 第1巻 第2番よりフーガは、ベートーヴェンの作品111と同じ調性(ハ短調)なのですね。
最終曲、シューマンの「アラベスク」(ハ長調)は、「音の旅」第1回、冒頭に演奏された作品だったのですね。
時は廻り、旅は続く、というメッセージが心に染み入りました。

この日、小山さんのステージからは、来し方を振り返り慈しむお気持ちと、未来へ向かう強い覚悟、その両方を感じました。

小山さんご自身は、壮大な12年間24回リサイタルシリーズ完結!という人類初の偉業を達成なさった直後のサイン会でも、いつもの穏やかな微笑みでお話しくださって、ふだんとまったく変わらないご様子でした。
そんなふうにいつも謙虚で、おごりのない小山さんだから、ますます魅了されてしまうのです。
小山さんの音楽に出会えたことと、小山さんを一緒に応援する仲間に恵まれて心豊かに過ごせること、本当にありがたく幸せなことと思っております。
小山さんにはいつも感謝の気持ちでいっぱいです。本当にどうもありがとうございます。
ファン仲間の皆様、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
「音の旅」が完結したあとも、また皆様とご一緒に小山さんの新しい旅のお伴ができますことを楽しみにしております。
Date: 2017/10/30/15:10:33 No.4770


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「音の旅」第24回(最終回) 〜永遠の時を刻む〜 仙台公演:神聖な魂の音楽
とさま
 「音の旅」第24回(最終回)@仙台は、台風が接近する雨の中、バッハの平均律クラヴィーア曲集第一巻・第1番ハ長調の美しい調べで幕をあけました。3つの小品から成るシューマン晩年の幻想小曲集作品111及び形容しがたいほど深淵な小山さんの奏楽によるブラームスの3つの間奏曲作品117が続きます。後半のショパン晩年の三作に込められた作曲者の想いは、小山さんの絶妙なピアニズムで聴き手の心の襞に沁み渡ります。そして、掉尾(ちょうび)を飾ったのがベートーヴェン最後のピアノソナタ第32番ハ短調作品111です。先に、同作品における小山さんの素晴らしいリズム奏法について拙文を投稿させていただきました(No.4764)。本日は、同作品においてベートーヴェンが到達した霊性に焦点を当てて、小山さんの比類のない素晴らしい演奏を振り返りたいと思います。


《創作の終着点としてのベートーヴェン作品111》
  2楽章から成るベートーヴェンの作品111は、作曲者が生涯を通じて追及してきた、〔ソナタ形式〕と〔変奏曲形式〕とを、それぞれ第1楽章と第2楽章に採用しています。しかも、〔ソナタ形式〕の第1楽章には、ベートーヴェンがやはり生涯をかけて追及してきた〔フーガ形式〕を内包しているのです。さらに付記すれば、〔変奏曲形式〕の第2楽章は、展開部と再現部の要素をブレンドさせることで、疑似的な〔ソナタ形式〕を造形しています。〔ソナタ形式〕、〔フーガ形式〕及び〔変奏曲形式〕と言った、ベートーヴェンにおいて最も重要な3つの形式が絶妙に並置・融合され、それゆえ、最後のピアノソナタである作品111は、文字通りベートーヴェンのピアノソナタ創作の終着点を示していると言えるのです。


《ベートーヴェンの晩年の作風の特徴:作品111に現れる晩年の様式》
  ベートーヴェンの晩年の作風については多くの音楽学者が論じています。晩年のピアノソナタや弦楽四重奏曲、あるいは交響曲第9番に共通するのは、形式的には〔フーガ〕と〔変奏〕の多用です。しかしながら、作風の音楽的特徴として、.ンタービレ性と自由化、宇宙的響きと宗教性、D怯枩と霊性などが顕著になります。ベートーヴェンはカトリック信者でしたので、宗教性や霊性を重視した晩年の様式を確立したのは必然でもあったのです。作品111では、前述のように、〔ソナタ形式〕・〔フーガ〕・〔変奏曲〕という形式の制限を受けながら、逆説的に作風はいよいよ自由となり、究極のカンタービレや宇宙的響きによる至福の世界を創出したのです。

  ベートーヴェンは作品111を作曲していた時期、並行して畢生(ひっせい)の傑作である『荘厳ミサ曲(ミサ・ソレムニス)』を作曲していました。スケッチ帖には、ミサの楽想と作品111の楽想が並び、相互に影響を及ぼしていることが分かります。作品111に宗教性や霊性が色濃く感じられるのは、そうした作曲時期とも関係しているのでしょう。


《ベートーヴェン作品111における晩年の作風:特に霊性》

‖1楽章
 人生におけるあらゆる苦難に立ち向かい、強靭な意思で闘い続ける悲劇的な性格の第1楽章において、〔フーガ〕や〔ポリフォニー〕が多用されています。これはまさに晩年のベートーヴェンが好んで採用した形式です。しかしながら、ベートーヴェンは第1楽章のコーダの9小節に宗教性と霊性とを付与します。ほんの数小節前まで闘争に明け暮れていたのに、コーダは救済の音楽と化し、ハ長調の光が天から射しこむのです。『ピアノ音楽全体の中でももっとも美しい響きの一つである』(パウル・バドゥラ=スコダ)と称賛されるコーダ…小山さんは、来るべき第2楽章の霊性の世界に導く素晴らしい奏楽による神聖な響きを創出されました。

第2楽章
1 主題
 主題は究極のカンタービレと言っても過言でないほど美しさを極めます。小山さんは理想のテンポ設定、低音部の重視などにより、サラバンド風の主題からベートーヴェンの霊性を顕現(けんげん)されたのです。

2 第1変奏〜第3変奏
 拙稿(No.4764)で言及させていただきましたように、小山さんの目の覚めるようなリズム奏法は、ベートーヴェン晩年の作風の特徴の一つである〔自由化〕を最も魅力的に開示する結果となりました。本当に素晴らしい小山さんの演奏です。

3 第4変奏
第3変奏でクライマックスを迎えた後に続く第4変奏で私たちは異次元の世界に足を踏み入れます。音域も楽想も全く異なる2つの対照的な変奏を交互に配置することで、ベートーヴェンはドイツ・ロマン主義の発芽となる神秘的で霊妙な世界を創出します。終始ppで刻まれる周期的な単音パルスは生命の誕生を想起させるほどです。第4変奏は〔ソナタ形式〕における〔展開部〕のような様相を呈し、ppから脱却する第100小節からクレッシェンドを伴い大きく盛り上がるパートを迎えます。小山さんはアルペジオの頂点に付されたsf音にベートーヴェンの渾身の想いを注入されます。非常に感動的なシーンの一つです。

4 第5変奏
 第5変奏ではソプラノパートに主題が忠実に再現されます。変奏というよりは、〔ソナタ形式〕における再現部のような位置づけになります。内声部の16分音符の刻みとバスパートの32分音符の装飾音句が協働して主題を支えることで、躍動感が産まれます。

この第5変奏は、交響曲第6番ヘ長調作品68「田園」の最終楽章(第5楽章)〔牧歌:嵐の後の喜ばしい感謝の気持ち〕を彷彿とさせます。ぶれることなく太く流れる音楽が歓びと感謝の気持ちを表現します。稀にみる感動的な音楽です。ベートーヴェンの詠嘆がsfの音に深く込められています。それはベートーヴェンの霊性の現われの一つと言えるでしょう。

 小山さんは、揺らがないテンポを貫き通しながら、壮大なクライマックスを築かれ、賛歌のように歌い切られました。小山さんがsfに込めたベートーヴェンの想いは霊性としての性質を帯び、これ以上の演奏は過去に存在せず、今後も小山さんを除いて実現することはないと断言できるほど感動的でした。天国的なトリルを持つ最後の楽想に突入する直前のsfはシンコペーションになっています(第159小節)。夥しい数の録音を拝聴する限り、ベートーヴェンが渾身の想いを込めた〔sf+シンコペーション〕が十分でないピアニストが大勢を占める現実に困惑します。その意味で、〔sf+シンコペーション〕を含むすべての楽想に、ベートーヴェンの霊性を付与し、それを音楽的に表現した(極めて)数少ないピアニストの一人が小山さんなのです。

5 コーダ(もしくは第5変奏の後半)
 第161小節から始まる天国的なトリルのパートをコーダと考える場合、あるいは第5変奏の続きと考える場合もあります。宇宙的な響きを感じさせるコーダは、地上と天空を行き来する魂の音楽です。ベートーヴェンの霊性と超越性が別の形で現れた素晴らしい世界です。小山さんは、浄化された静謐な時空間の中、祝福のラッパの音(ね)を柔らかく温かい音色で内面から輝くような響きで創出され(第164〜165小節)、聴き手を深く感動させて下さいました。

 そして、音魂は天国に昇り詰め、主音ド(C)に到達し、ハ長調の音階で3回繰り返して下降し、もう一度主題の断片を回帰し、最後は天に吸い込まれるようにハ長調の主和音で静かに終えます。ここでもベートーヴェンが付与した3つのsf音を小山さん以上にベートーヴェンの詠嘆を具現したピアニストを知りません。小山さんは、曲末尾のハ長調の主和音で、音価を越えた幽玄の響きを創出され、聴き手に永遠の時と命を感じさせて下さいました。

小山さんがチラシに書かれた次のお言葉が全てを語って下さっています。

【旅の終わりに 静寂の中で 永遠のハーモニ―が響く】(小山さん)

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 小山さんは、恣意性を一切排除し、ベートーヴェンの霊性を作品111から抽出されました。そこにあるのは【神聖な魂の音楽】に他ならないのです。ベートーヴェンのピアノソナタ第32番のような崇高な作品の小山さんによる素晴らしい演奏を聴かせていただき、即物的でない精神的な世界こそ人間にとって本当に大切なことなんだと認識を新たにしました。

 小山さんの卓越した素晴らしいベートーヴェンの世界を皆様も堪能なさってください。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜
★★小山さんへ:私がベートーヴェンの作品111を最初に聴いたのは小学1年生だったと記憶しています。シュナーベルのレコードでした。作品が余りにも素晴らしいので、いつ聴いても感動しますね。しかしながら、小山さんの演奏を聴かせていただき、この特別な作品の本質を初めて理解することができました。小山さんへの感謝、ベートーヴェンへの感謝の念が深まるばかりです。「音の旅」の最終回でこのような音楽的体験をさせていただき本当に有難うございました。

とさま
Date: 2017/10/26/01:32:39 No.4765

Re:「音の旅」第24回(最終回) 〜永遠の時を刻む〜 仙台公演:神聖な魂の音楽
ぴあのふぉるて
とさまさん、仙台公演のご報告を嬉しく拝読しました。
小山さんの「テンポ設定」、「リズム奏法」、「sfの音」や「sf+シンコペーション」などがどれほど素晴らしいものであるかが、熱く伝わってきます。ベートーヴェンが作品に込めた想いは小山さんの奏楽によって、ほぼ初めて、歪められずにきちんと、届くのですね。明後日の名古屋公演が本当に楽しみです!

一昨日、(=「音の旅」仙台公演の翌々日)、杉並公会堂で、新シリーズ Carte Blanche 小山実稚恵 Vol.1(12/9開催)のプレトークが開かれました。
「音の旅」最終回、全国ツアーのただなか、別のシリーズの催しのために時間を割いてくださることに、心底感動します。
内容的には、バッハ関連というより、ゲストの北原潤一さん(ロボット・クリエーター)のお仕事や作品の紹介がメインの趣でしたが、最後のほうで小山さんのお話も少し聞くことができて、ほっとしました。(北原潤一さんのプロフィールについては「すぎなみ学倶楽部ホームページ」より〜ゆかりの人々〜道を極める をご参照ください)
「物作りが好きなだけです」と自己紹介なさり、採算を度外視してロボット製作に打ち込む、北原さんのお仕事ぶりは、音楽をどこまでも追究なさる小山さんのお姿といっしょだなぁ、と感じました。
小山さんも「好きなことができる幸せは、同じなのかな」とご感想を述べておられました。「時間が惜しい気持ちも、よくわかる」とのこと。また、製作や演奏での「試行錯誤」もお二人に共通のようです。「聴衆の“気”や楽器の反応」「リハーサルと本番」「やりたい気持ちとやれない時の無念さ」など、ありのままをお話しくださる小山さんに、魅了されます。
質疑応答コーナーでは色々な質問と、CD録音やコラボ企画の希望などが出ました。私も司会の方に最後に当てていただき、幸運でした。
小山さん、楽譜の指使いについて率直にお答えくださり、どうもありがとうございます。
心温まるサイン会も、本当にありがとうございました。

とさまさん、お仲間の皆様、明後日はどうぞよろしくお願いします。
Date: 2017/10/26/23:10:13 No.4766


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小山さんのリズム:根源的な生命力の発露
とさま
★実稚恵さまの微笑み様(No.4760)
 音の旅・福岡公演での小山さんの素晴らしい演奏を臨場感豊かにご報告いただき有難うございました。当日の感動が沸々と湧き上がって参ります。私も、微笑み様と同じように、新たな旅立ちを小山さんとともに歩んでいきたいと思っています。

★まじょるか魔女様(No.4761)
素敵なリプライを拝読させていただき、小山さんが造って下さったファンの繋がりを嬉しく思いいます。【小山さんがお話された「作曲家たちへの敬意の念」。このお気持ちを貫かれていらっしゃるから、私たちも楽曲の素晴らしさに素直に入っていけるのですね。】(まじょるか魔女さん)・・・仰る通りですね。同じ楽曲でも、奏者によってどうしてこんなにも感動の質が異なってしまうのか、その回答がここにありますね。

★オクターヴ練習中様(no.4763)
お辛い想いを重ねてこられたのですね。そのお辛いお気持ちはオクターヴ練習中さんにしか分からないほど厳しいものなのでしょう。オクターヴ練習中さんは、いま運指を変える試みをされていらっしゃるのですね。運指によって音の在り方も大きく変わるんでしょうね。以前にも書かせていただきましたが、私はピアノを弾くことができないのですが、もしピアノが手元にあったら、試してみたいことが一つだけあります。それは自分の好きな和音を見つけることです。弾くのではなく、複数の音が重なって産まれる響きを体感したいのです。
 音の旅の最後に小山さんが選ばれたベートーヴェンのピアノソナタ第32番は本当に素晴らしい作品ですね。人生における苦悩と闘い、それを克服しようとするベートーヴェンの強い意志の表現(第1楽章)、苦悩を乗り越えて到達した彼岸の世界の表現(第2楽章)…この曲の前半は人生の縮図のようであり、後半はそれを克服するためのヒントを与えてくれるような趣きでもありますね。
 仙台での明日の小山さんの演奏が楽しみですね。ご一緒に楽しむことができれば幸いです。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
きょうは、根源的な生命力の発露を感じさせる、小山さんの素晴らしいリズム奏法について少しお話ができればいいなと思っています。

《リズム動機》
 どなたもご存知のベートーヴェンの交響曲第5番ハ短調作品67「運命」の第1楽章冒頭の『ダダダダ〜ン』の動機は第1楽章全体を支配しています。細胞が生命体を構築するかのように、あるいは小さな部品が精巧な機器を組み立てるかのように、ベートーヴェンは小さな動機を、楽曲全体を構築する際の基本単位とします。これがベートーヴェンの作品における共通の《リズム動機》と言われるものです。ピアノソナタ第32番ハ短調・作品111においても、《リズム動機》が存在し、それが各楽章に、きりりと引き締まった統一感を与えています。

《ピアノソナタ第32番・第1楽章》
 第1楽章は前代未聞と言っても過言でない強烈な開始の序奏が主部の前に置かれています。ソナタ形式の第1楽章の主部で最初に現れる第1主題はわずか2小節と短く、複数の《リズム動機》で構成されています。この《リズム動機》が全体を支配し、それらが複層的に絡むことで、フーガが産まれたり、一つの《リズム動機》がまるで血液の循環のように至る所に音の流れを産み出すなど、息をつく暇もなく曲はエネルギッシュに進行していきます。小山さんの卓越した生命力溢れるリズム感が聴き手の気持ちを高揚させ、圧倒的感銘をもたらして下さるのです。

《ピアノソナタ第32番・第2楽章》
 簡素で美しいアリエッタ(小さな歌)の主題と5つの変奏及びコーダから成る長大な変奏曲様式の楽曲です。九州公演で小山さんが設定された(速目の)テンポは理想的に音楽的でした。そのテンポでなければ、第2楽章全体の音楽を統一できないばかりか、第2楽章が内包する《リズム》の力を(恣意に頼らずに)発揮することができなくなるからです。小山さんの素晴らしいテンポについては、稿を改めてお話する機会が持てればいいなと思っています。

 ここでは、主題から第3変奏までの素晴らしいリズムの高揚についてお話をさせて下さい。

 一聴して分かるのは、主題→第1変奏→第2変奏→第3変奏と変奏を重ねるに連れて、テンポが加速されたかのように感じられることです。しかしながら、実際は、(譜面では)テンポはほとんど変わっておらず、音符が細分化されて、一小節を占める音符の数が増えていくことで、聴感上テンポが速くなったように聴こえるんですね。この聴感上のテンポの加速効果と特別なリズム効果、そしてシンコペーション効果とが重なり、特に第3変奏では《リズム》が爆発するかのような印象を聴き手にもたらします。

 この特別な《リズム動機》は、ジャズ音楽のリズム動機と酷似しているので、とてもモダンに感じます。第32番のソナタが作曲されたのが1822年ですから、ジャズに先駆けて80年も前に、このような《リズム動機》の曲が存在したのは本当に驚くべきことですね。

 変奏が進むに連れて《リズム》が高揚して行く小山さんの表現の素晴らしさに圧倒されます。第3変奏では頂点に到達し、その輝かしいまでの《リズム》の饗宴は、同じダンスでも優雅な踊りではなく、原始的なエネルギッシュな踊りと化すのです。小山さんは、卓越したリズム奏法によって、この音楽が持つ根源的な生命力の発露を見事に実現されたのです。

 こうした高揚するパートで《リズム》が重要であることは論を待ちませんが、静謐な楽想や第5変奏の賛歌を思わせるような楽想においても、小山さんの比類のないリズム奏法が産み出す音楽は、聴き手の心の襞に沁み渡るのです。

*****************
 小山さんの卓越した《リズム奏法》はあらゆる楽曲の本質を露わにしますが、有名曲で例をあげれば、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番「皇帝」の第3楽章やショパンのピアノ協奏曲第1番の第3楽章などがあります。

 小山さんの演奏を想像するだけで、心が躍る一因は、小山さんのリズム感溢れる魅力的な演奏を体験させていただいているからなのでしょうね。

 音の旅の掉尾(ちょうび)を飾るベートーヴェンのピアノソナタ第32番も、リズムの魅力もたっぷり内包した楽曲ですので、皆様、躍動するリズムに心を躍らせながら、小山さんの素晴らしい演奏を堪能なさってください。

とさま

Date: 2017/10/21/16:03:50 No.4764


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