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皆様の素晴らしいご感想から 〜小山さん賛歌のパレード その1〜
とさま
★小山さんのファンの皆様へ
 昨日は、『いわきアリオス開館10周年記念:小山実稚恵ピアノ・リサイタル〜10年の時を刻んで』に行って参りました。その感動的なリサイタルの模様については、後日ご報告させて下さい。
 本日は、皆様がご投稿なさった素晴らしい最近のご感想の中から、小山さんの演奏の本質や素晴らしさを表現して下さったのではないか、と個人的に拍手喝采しているお言葉をピックアップしてみようと思います。小山さん賛歌のパレードです。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
★オクターヴ練習中様へ(No.4839):再びピアノに向かわれて悲愴ソナタを弾かれたのですね。良かったですね。同じ変イ長調という調性からでしょうか、ベートーヴェンの悲愴ソナタの第2楽章の美しい旋律とその佇まいは、後期の作品110の第1楽章に繋がるように聴こえます。【小山さんは、客席に向かって、まっすぐ、ピアノを響かせていく。】というオクターヴ練習中さんのお言葉の中の【まっすぐ】という表現は、本質的だと思います。私達が、小山さんの演奏に深く感動するのは、小山さんが、一切の恣意性を排除し、作曲家の想いを何の違和感もなく、あるがままに伝えて下さるからです。それは【まっすぐ】ですね。これからも、小山さんの【まっすぐな】音楽をご一緒に聴いて参りましょう。

★キヨ様へ(No.4837):千葉県文化会館での「皇帝」のご投稿を嬉しく拝読しました。私も聴かせていただきました。【一つひとつの音を丁寧に紡ぎつつ、スケールの大きさも感じる素晴らしい演奏を聴かせてくださいました。】というキヨさんのお言葉に思わず喝采してしまいました。当日のピアノは、まろやかさよりも硬質な質感さが勝り、私にはとても個性的に感じられました。その結果、一つ一つの音が分離して聴こえてきたように感じました。これは、キヨさんが【一つひとつの音を丁寧に紡ぐ】と表現して下さったことだったんだなあ、と我が意を得た想いでした。そうして本当にスケールの大きい演奏で、聴き手を豊かな気持ちにして下さいましたね。【一つひとつの音を丁寧に】といのは、全ての音に魂を込めることですね。有難うございました。

★まじょるか魔女様へ(No.4834):【陽気の中の悲劇】と題する素敵な投稿を有難うございます。テレビ断ちして35年の私にとって小山さんの深いお言葉を紹介して下さって、心踊ります。2000年の小山さんの演奏も番組では紹介されたのですね…【小山さんは内なるマグマを秘めたクリスタルそのものでした。】という魔女さんのお言葉は、小山さんの演奏(今も以前も)の特質をズバリ表していますね。〔潔く〕(ぴあのふぉるてさん)かつ〔ぶれない〕(魔女さん)のも小山さんの演奏の本質だと思います。そうでなければ美しい結晶(クリスタル)は成長せず、欠陥だらけの結晶になってしまいますね。物理学においても、欠陥のない完全な結晶は、熱さを内包して成長し、美しい結晶面を形成します。モーツアルトのK466でも、小山さんの熱い想いが刻々と音楽の結晶を成長させ、様々な美しい結晶面を聴き手に届けて下さった…そういうことだったのですね。

★covariant様へ(No.4835):小山さん奏するモーツアルトのK466を視聴されたのですね。【これモーツアルトの曲?という新鮮さを抱いて聴くことができました。】及び【私の知っている(つもりの)モーツアルトではない、その深さに感じ入りました。】というcovariantさんのお言葉に深く感じ入ります。有名な曲であればあるほど、小山さんの演奏を聴かせていただくと、「一体、私たちはこの曲の何を聴いてきたのだろう、何一つ曲の素晴らしさを味わっていなかった」という言葉を発してしまいます。キヨさんも小山さんの皇帝を聴かれて、そのように感じられたのではないでしょうか。私たちが何故に小山さんの演奏に強く惹かれるのか、その答えはcovariantさんのお言葉なのではないかと思いました。

★実稚恵さまの微笑様へ(No.4833):延岡でご一緒できて幸せでした。屈指の圧倒的な名演に接し、その晩は歓びで眠れなかったです(笑)。【終盤の高揚部は何か高潔なものに気圧されるようなすごいエネルギーを感じました。】…ベートーヴェンのソナタ作品110に対する微笑様のお言葉の中の【高潔さに気圧される】という表現も小山さんの演奏の本質だと思います。【高潔さ】は小山さんの演奏での通奏低音だと思います。かつて【高潔さ】を感じさせる演奏というのは、小山さんの演奏以外では、本当に数えるほどしか接したことがありません。それだけ稀有なこと故、【高潔さに気圧される】のでしょうね。その【すごいエネルギー】は最後には、欠陥のない美しい【クリスタル】(魔女さん)に結実するのですね。小山さんほど、聴衆の涙腺を緩めるピアニストは存在しないでしょう。私も小山さんの高潔さに圧倒されて、拍手もできずに涙を流しながら、感謝していました。

★まじょるか魔女様へ(No.4832):【圧倒的な自己肯定と開かれた未来】(魔女さん)を感じさせて下さるのも小山さんですね。どれだけ多くの聴衆が小山さんからエネルギーを頂戴していることでしょうか!昨日の小山さんのいわき公演で、福島在住の女性といわき駅までの道中ご一緒させていただき、小山さんの演奏を聴きに、東京・仙台に足を延ばす、そうするとエネルギーがいただけて頑張れると仰っていました。【「もっとも崇高な芸術とは人を幸せにすることだ。」(映画「グレイテスト・ショーマン」のT.バーナムの言葉)】(魔女さん)…小山さんのことですね。ベートーヴェンも『多くの人々に幸せや喜びを与えること以上に、崇高で素晴らしいものはない。』と類似のことを言っていますね。喜びや幸せを与えることができるのは、卓越した奏者による至高の音楽芸術なんですね。そして、それを実現されている小山さんは人類の宝ですね。

★ぴあのふぉるて様へ(No.4830):被災者故でしょうか、7年経った今でも、3.11前後は体調に変調をきたします。小山さんは、3.11前後に必ず何らかの公演を企画して下さいます。ぴあのふぉるてさんのご報告を拝読しながら、涙を抑えることができませんでした。特別な日であったこともあり、【鎮魂の祈りに満ちて、心に沁み入る名演】とぴあのふぉるてさん書いて下さったように、【祈り】は大きな要素でした。しかし、同時に小山さんはどんな作品に対しても、ぴあのふぉるてさんが【小山さんはいつも思いを込めて演奏なさいます】と書いて下さったように、この作品において、祈りは想いの結実だったのでしょう。第3楽章の【さぁ、希望を抱いて歩み続けましょう!】(ぴあのふぉるてさん)という表現は、読むだけで元気が出て、ワクワクします。まじょるか魔女さんの【圧倒的な自己肯定と開かれた未来】というお言葉とシンクロナイズします。

短調の作品が長調で終わるのはいいですね。私もそういう作品が大好きです。ピアノ協奏曲で言えば、モーツアルトの20番(K466)、ベートーヴェンの第3番、ショパンの第1番と第2番、ブラームスの第1番、ラフマニノフの第2番と第3番、チャイコフスキーの第1番など、小山さんが演奏されると、全く別の曲として生まれ変わりますね…covariantさんが仰るように、【新鮮な曲】に変容し、まじょるか魔女さんが仰る【肯定感】が前面に出てきて、そしてぴあのふぉるてさんが仰るように聴き手の心は【希望】に満たされますね。有難うございました。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
★★小山さんへ:小山さんのファンの皆様の素敵なお言葉の数々を拝読すると嬉しくなります。どのお言葉も小山さんの演奏の本質と素晴らしさを表現していますね。天国に居るベートーヴェンは『多くの人々に幸せや喜びを与えること以上に、崇高で素晴らしいものはない。』と仰っています。この言葉は、それを実現なさっている小山さんに向けられた賞賛の言葉だと思います。

とさま
Date: 2018/04/15/13:41:24 No.4840


▲Top

ピアノを弾くモチベーションはひとつ
オクターヴ練習中
ピアノを弾き始める


ようやく、ピアノを弾き始めることが出来た。
そう言ってもいいように思えてきました。
おぼつかない手付きで。
ピアノを弾くモチベーション。
やっと見つかった。
人の数、否、一人のピアニストが複数のモチベーションを持つかもしれない。
そうなると、
モチベーションの数は無限になってしまう。
けれど、
行き着く先はひとつになる。
ピアノを弾くための、モチベーション、と、その、ヒエラルキー。
見つけることは容易くなかった。自分には。
けれど、
その頂きを見つけた時から、ピアノを弾き始めたと言うことが出来るように思えた。
長い間、
色々なヒエラルキーのことを考えていた。
けれど、
その答えが見つからなかった。
ただ、ただ、迷うだけ。
もしピアノに出会わなければ、生涯、ずっと、すべてのことに、迷い続けていたのかもしれない。
そう思えなくもない自分の過去。
ピアノを弾くための、モチベーション、と、その、ヒエラルキー。
これが見つかってから、様々なヒエラルキーの姿が見えてきた、そんな風にも思えてしまう。


ピアノという名の病を患って


いつからかピアノを弾いていた。
その経緯。
あっという間にピアノが弾けてしまう、そう思わせるような紛らわしいタイトルの本を買ってしまった。
その本に絆されて、
ピアノを弾いていった。
ピアノに調律が必要な状態になった。
ピアノ屋さんに調律をお願いする。
自宅のピアノを斉える調律師。
プロの演奏会があることを伝えてくれた。
観るのも一考かもしれない、
そんな風に勧めてくれた。
プロの演奏会なんて敷居が高くて行けない、
そう感じていた。
しばらく悩んでいた。
演奏会の金額が目に入る。
出費が可能な金額だった。
行ってみることにした。
ピアノコンサートに行くことなんて考えてもみなかった。
演奏会を見に行った。
ドキドキしながら。
グランドピアノ。
響板のむくり。
ここから、時間差で、響いてくるharmonyが聴こえてきた。
全身が、時間差で、響く調べを知った。
このときから、治ることを知らない、ピアノという名の病が始まってしまった。
具合の悪い自分の身体。
握力、背筋力が、極端に弱かった。
医者からは顎関節症と言われた。
全身に違和感があった。
全ての筋力が足りていなかったのかもしれない。
得体の知れない痛み、違和感。
ずっと悩まされていた。
それが、不思議と、ピアノを弾くと、身体中の違和感の和らいだ。
身体中の違和感が和らぐから、止めることが出来なかった。
毎日弾いた。
けれど、
なかなか弾けるようにはならなかった。
初めて弾けたと思った時に、やらないほうが良かったと、心の底から心底思った。
ピアノのための、膨大な時間、体力の労費、を知った。
それでも弾いた。止めなかった。止めることが出来なかった。それしかなかった。


家族、氾濫する情報


両親から、自分に向けられた言動、自分以外に向けられていく言動、
そして、
沢山の媒体から飛び交う、沢山の情報、沢山の出来事。
全く理解出来なかった。
少しだけ分かってきたと思えるまでには、随分、長い、時間が掛かかってしまった。
ピアノに向き合って、分かってきたような気がする。


ピアノを弾くにあたって必要なもの


楽譜に書いてあることを読むための知識。
楽譜に書いてあること以外のことを読むための知識。
行間を読む。
そういうことになるかもしれない。
譜読。
行間を読めなければ、楽譜が読めない、臨時記号の嵐などに混乱していく。
行間。
音階、和音、和声、時間...。
この理解への壁は高い。
この理解への壁を越えるために非常に多くのものが必要。時間、体力、他にも...。
今の自分、弾ける作品など僅か、とても弾けると言うに非ず、烏滸がましくて、恥ずかしいけど。


ベートーベン ピアノソナタ 第8番


ある時からベートベンのピアノソナタに向かった。
ベートーベン ピアノソナタ 第8番 第2楽章
これさえ弾くことが出来たなら、もうピアノから離れてもいい、そう思っていた。
貯金が底を付きそうになったから。
そんな気持ちで、ベートーベン ピアノソナタ 第8番 第2楽章 に向き合う。
なんとか弾けた。
もうピアノから離れて構わない。
そう思っていた。
けれど、試しに、
そして、最後に、
第1楽章と、第3楽章を、弾いてみる。
右手と左手を別々に、それを2回ほど繰り返す。
そして、その後、両手で弾いた、2回ほど。
翌日。
もしかしてという気持ちがあった。
右手、左手、別々に、2回弾いた後で、また両手で弾いていく。
気が付けば、このソナタ、毎日、弾くようになっていた。
毎日弾いても、覚えられない、難しい、そう感じていた。
第1楽章、スケール上昇、和声進行、ド、レ、ミ、ファ。
これが理解出来た時、何となく解かったような、そんな気持ちになっていった。
このソナタを、自宅のピアノで弾くことがあります。打鍵ミスをしながらですが。
また、時々ですが、自宅以外のピアノを弾くことがあります。
それは公共の場所。
誰でも、30分だけ、自由に弾くことが許される、そんなピアノ。
無関係な人がいて弾けてピアノ弾き。
そんな訳で、そのピアノを弾くことがあります。
今の、自分に、弾ける、ピアノは、そこしかありません。


長かった全てに無理解の時間


ここまで長かった。
本当に辛かった。
何もかも、全く、理解出来ずに、ただ流されていくだけ、ただ時間が消えゆくだけの、過去だった。
すべての理由が分からずに。
けれど今は分かる。
すべてとは言えないけれども。
表層に記されている文字以外の、どこにも記されていない隠されている文字のことが。


” 小山実稚恵さん ” にだけ伝えることが出来た真実


もう、いない、両親。
愛のない結婚生活だったのかもしれない。
もし、両親が生きていれば、それを否定をするでしょう。
もしかすると、すべての人が、否定をするかもしれません。
当たり前かもしれない。
でも、そのことが分かるから、痛いくらいに、そのことが分かるから、
顔を隠して、
姿を隠して、
語るしかなかった、
誰にも打ち明けられなかった、
誰一人として信じられなかった。
そして、なんという残酷さなのだろう。
子供が、両親に、結婚生活に、愛がないと宣言するのだから。
こんなことを、顔を出して、実名で、言える訳がない。
惨めすぎるから、
悲しすぎるから、
ずっと黙っているしかなかった、
ずっと隠れているしかなかった、
胸内すべて押し殺し、死人のように生きるしかなかった、
愛に迷い続けるしかなかった、
けれど、それが、真実。


素晴らしき愛の芸術家との出逢い


愛に迷い続ける中で、愛を表現する芸術家に出逢いました。
究極愛の。
それ以上はおそらく、死を意味してしまうであろう程の、究極の愛。
モーツァルトが絶え間なく流れている。
そう表現すれば理解してもらえるかもしれない。
とても、美しく、人間らしく、安らいだ場所。
この芸術に出逢って、
人は、
皆が、兄妹であり、皆が、愛を欲していて、皆が、同じであり、異質など、一つもない、
そう思えました。
まあ、各人に、好みと言われるものがある、ということが、大前提ではありますが。


愛の理解の上に


両親のこと、自分のこと、愛について、理解出来たことで、
人は決して完全でなく、どこか足りなくて、だから可愛くて、そして、どうしようもないのかもしれない、
そんな風に思えてきました。
愛のない人は、いずれお金しか、愛せなくなってしまう。
だからこそ、愛が最上であり、愛こそがすべて、ということなのだろうと思います。
いまの自分は一人暮らし。
かつて一緒に暮らした家族があった。
両親に妹弟、自分、家族皆、お金しか愛せない人だったように思えてくる。
愛のない両親、もしくは、受胎の為だけに、愛に及ぶ両親。
その下の子供。
そんな家族。
子供に生殖能力のない間は、平穏で安らか。
けれど、子供が生殖能力を宿した時から、憎しみの連鎖が始まっていく。
家族の笑顔が消え、家族の皆が苛立ち、愛のない家族に疲れ果てた時、
妹は行方を晦まし、父親は自ら命を絶った。
残った家族。
愛のない日々。
目を据わらせ、虚ろな表情を浮かべ、お金しか愛せない人の恐怖に怯える。


願望


真実を伝えたい、
真実を伝えることが出来たなら、
どんなに気持ちが晴れるだろう、
どんなに気持ちが楽になるだろう、
自分が怯えた恐怖を伝えたい、
愛なき人の残酷な姿をそのまま伝えたい、
そんな気持ちが胸にある。
けれど、それは出来ない、親を憎み切れない、憎み切った心の時に、サイコパスになっていく。
苦しくても、疲れ切っていても、愛のない暮らしの中で、
食事を用意し、病院へ連れて行き、様々な面倒を看てくれた。
愛のない生活に、永遠の限界を感じても、親の責任という重い鎖を引き摺って、面倒を看てくれた。
そのことが解かるから、言いようのない辛さの中で、生活していたことが、痛いほど解かるから、
お金しか愛せなくなった家族に対しても、憎み切るなんて出来ない。
でも、そう、自分の家族は、そんな家族だった。
愛を欲して行方を晦ました妹。もう年齢的に衝動を抑え切れなかったのだろう。
ほどなく、安否と、所在が、分かると、父親が尋ねたらしい、「 幸せなのか 」 と。
そのころの父親は憔悴しきっていた。
会社では居場所が無くなっていたらしい。
家族全員から相手にされなくなっていた。
もともと悪かった身体の具合もどんどん悪くなっていた。
心身共に弱り、家族の愛に見放された父、その後、しばらくして、自ら、命を絶った。
こんなことは言えない。
自分はとても言えない。
すべての人に誇りと自尊心があるから。
言う方も、言われる方も、惨めになるから、悲しすぎるから。


自分と家族


何時の頃からか、は、分からなくなってしまった。
自分が家族と全く会話をしなくなった時のことが。
言葉は交わす、けれど、会話ではない、もう何十年という期間になる。
おそらく、それは、家族全員が生殖能力を持ったときから。
家族の中で飛び交ったのは、命令もしくは依頼の伝達、怒りの感情だけだった。
それが今でも続いている。
方便ひとつ許さない家族だった。
方便というものが解からなかったのかもしれない。
方便に怒り狂う家族だった。
妹と弟。
自分はこの二人を多少恨んでいる。
愛のない両親の、悪意のない、善意の攻撃は、どうしても自分が標的になる。
妹と弟は盾となる自分の影に隠れることが多い。
盾となる自分の影で話すことも多かったらしい。
そうしなければ攻撃は自らに及んでしまう。
偏に、他人の傷は痛くはない、そういうことになる。そうでないことは分かっているけれども。
他にも積もる処がいくつかある。
けれど、この妹と弟の、二人に対して、何か攻撃や復讐をするつもりはない。
そんな気持ちが出て来ない。
なぜだろう。掛け替えの無い妹と弟?きっとそういうことになるのだろう。
苦しんでいる自分をただ見ていただけの二人なのに。もちろんそうでないことも分かっているけど。
ただ、どうしても、二人に対して、何処かに、憎しみの感情が出て来てしまう。
憎しみというか、悲しみというか、入り混じった感情というのが合っている。
この入り混じった感情は、血族全員に対して持っている。一人の血族を除いて。
自分が一番苦しんだ時に、「お前が悪い」と言い放ち、元凶に対して全くの無対処だった血族。
愛のない両親の兄弟姉妹も、また、愛がないのかもしれない。
愛のない血族の集まりは、見事なほどに惨めに見えた。
今となっては、その風景も、見慣れたものになってしまった。
一人だけ、血族の中で、苦しい自分に対し、手を差し伸べてきた人がいました。
直近の過去において、何か相当なことがあったようです。詳しい理由は語りませんでした。
ただ、自分の顔を観て、表情を察して、救いの手を差し伸べてくれたようでした。
その人以外の、血族に対しては、憎しみの感情が、勝ってしまう。
苦しい時に、岩にしがみつく手を、足で踏まれていた、そんな風に感じています。
妹と弟、その他の血族、
絶縁ということはないけれど、顔を合わせることがない。
顔を合わせないということはないけれど、顔を合わせていない。
極々たまの、連絡事項があるときは、
通信機器を使って、文字伝達をする、そして集まる自分の血族。
そんなことが続いています。
血族との疎遠。
半分は自分のせい。
そのことは分かるけれども。
自分を恨むしかない。
時代を恨むしかない。


両親の名誉のために


愛のない結婚生活で一番辛いのは夫婦本人。
夫婦の時代考察が必要。
愛についての理解も必要。
愛、人の本能、意思と精神ではどうすることも出来ない衝動と肉体的構造。
それゆえ、人は、その生涯に、愛を欲してしまう。
もし、両親に、愛の理解が、あったならば、すべてを許せていたかもしれないのに。
でも、おそらく、このことに、全くの善意だった。
自分もその一人。
すべてを恨んだ。
すべてを憎んだ。
悪意を。
傍観を。
そして時代を。
けれども、それは、すぐに分かった。
無駄なことだと。
無意味なことだと。
悪意という名の巨大な象に向かっていく、善意という名の小さな蟻一匹に過ぎないと。
巨大な象の一踏によって、厚みのない存在になってしまう程の、小さな蟻でしかないことを。


しあわせになるために


幸せにになるためには他人を幸せにするしかない。
そんなことが解からない家族だったのかもしれない。
父も、母も、自分も、妹も、弟も。嘗ていた自分の家族全員。
両親。
神に祈るしかない両親だった。
神について全く理解出来ない両親だったのかもしれない。
何も解からないままに、分からないものに縋り、わからないままにその生涯を終えた。
そんな生涯の両親だったように思えてしまう。
恨んだ。
憎んだ。
神を。
神と、信仰と、愛を。
何もかもが、分からないままに、すべてを恨んでいった。
悲しみと憎しみの独り言が絶えず出ていた。
とても人に聴かせられるものではない。
そんな日々が続いてた。
最近、ようやく、悲しみと憎しみの独り言が出て来なくなってきた。
そして、
自分には分かる。
今は分かる。
神が。
神と、信仰と、愛が。
そして、誰もが、黙して、決して語らない理由も。


自分


本当に長い間、愛のない生活を送ってしまった。このことを告白するのは辛い。
けれども、” 小山実稚恵さん ” にだから伝えることが出来た、と、そう思えてしまう。
コンサートホールへ、足を運び、着座する来場者、檀上で調べを奏でる ” 小山実稚恵さん ”
” 小山実稚恵さん ” は、客席に向かって、まっすぐ、ピアノを響かせていく。
ピアノの調べを、作曲家の想いを、” 小山実稚恵さん ” 自身を、表現し、奏で続ける。
ピアノの調べだけで出来る可能性をずっと探していたピアニストなのかもしれない。
今はそのことが解かる、だから、すべての、本当の気持ちを、吐露することが出来た。


ペダル


” 小山実稚恵さん ” の 『 音の旅 』 の公演に、必ず行くようになったきっかけの一つ。
まだ、自分が、” 小山実稚恵さん ” の演奏会に、2回目か3回目に顔を出した頃。
『 音の旅 』 公演だったように思います。
” 小山実稚恵さん ” のペダリングに、強烈な衝撃を受けたことを覚えています。
ペダリングに強烈な衝撃を覚えたのは2公演ほど。その後の公演では違うものになっていった。
この出来事は、人が変化していくことを、自然に受け留めるように、教えてくれました。
人というものは、変化を続ける、変化を続ける姿こそが、何よりも美しい。
今になって、より強く、そのことが、想い起こされていく。
時には、取り繕うことも必要で、正直が全て佳しではない、そう思ってはいますが。
生きている、それは、人が、生命が、絶えず変化を続けること、変化の終焉は死を意味する。
” 小山実稚恵さん ” の 『 音の旅 』 公演で、そんなことも感じました。


今の心境に至った経緯


” 小山実稚恵さん ” の 『 音の旅 』 公演に、毎回テーマがありました。
僕は、公演の度に、テーマについて、ぼんやりと、無い頭を、グルグルと、廻していった。
テーマ、色、込めた想い、” 小山実稚恵さん ” の ピアノの調べ、それが自分を変えていった。
テーマに思いを巡らせ、本物を聴き、全身を震わせる時間。
それが頑なに硬く閉じていた自分の心の殻を少しずつ壊していった。


その中で見つけたこと、宿命と運命


宿命とは血族。
運命とは他人。
僕と ” 小山実稚恵さん ” の運命。
それは、
とても可愛らしい神様の悪戯。
八百万の神様の中の、
とてもお茶目な神様が、
後悔しか持てない自分に仕掛けた、
とても可愛いらしい悪気のない悪戯。
そんな風に考えるのが丁度いいのかもしれない。
そう思っています。
そして、
今の自分。
後悔しかない。
けれど、
未練はない。
なぜなら、
変更が可能なのは未来だけ。
未来の変更は、
今、という連続していく時間の、絶えることない努力でしか成し得ない。
そう思うのです。
ピアノに出逢い、” 小山実稚恵さん ” に出逢ったことで、そのことが解った。
長く、長く、本当に辛く長い、時間が掛かってしまった。
愛という名の正体が理解出来るまでに。
けれど、
愛という名の正体を、生涯理解出来ないままに、終えてしまう人もたくさんいるのかもしれない。
愛という名のヒエラルキー。
その2つ目。
それは、どうしても、抑えることが出来ない、衝動、我儘。
ようやく夜が明けた訳です。


そして


僕が ” 小山実稚恵さん ” の 『 音の旅 』 を見続けたもうひとつの理由。
ある時から感じたこと。
” 小山実稚恵さん ” の、『 音の旅 』 は年2回、
” 小山実稚恵さん ” と、半年に1度の再会、
” 小山実稚恵さん ” が、再会する度に、綺麗になっていく、それが不思議だった。
人、皆、成長し、老化する。
およそ二十歳で、成長から老化へと、変化していく。
そんな既成の概念を、
” 小山実稚恵さん ” の 『 音の旅 』 が、毎回変化させてしまう。
人がずっと綺麗になっていくことを眼前していく。
なぜなのだろう、ということを、毎回のように考えていく。
不思議でしょうがなかった。
なかなか答えが見つからなかった。
けれど、今は、解かる、そして、そんな風に生きてみたいと思う訳です。
Date: 2018/04/13/23:22:53 No.4839


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千葉県文化会館での「皇帝」
キヨ
昨日4月7日、千葉県文化会館で行われました千葉銀行創立75周年記念コンサートに行ってきました。
ファンの仲間の皆様、行かれた方はいらっしゃいますか?
抽選での招待ということで、県外のため落選かと思っていましたが、当選したのでラッキーでした。

三ツ橋敬子さんの指揮、東京フィルハーモニー交響楽団と共演者も素晴らしく、もちろん小山さんのピアノによるベートーヴェンの皇帝を含め、素晴らしい演奏でした。

お祝いのコンサートということもあってか、小山さんは真っ赤なドレスで、皇帝を今日も一つひとつの音を丁寧に紡ぎつつ、スケールの大きさも感じる素晴らしい演奏を聴かせてくださいました。
女性指揮者の三ツ橋敬子さんも小山さんにピタッと付け、東フィルも一糸乱れぬ演奏で名曲を名曲として聴かせてくれました。

冒頭の五木田岳彦氏の委嘱作品「葉の調べ」The Sonority of Leaves(初演)は、はっきりしたリズム感で進行していくところが好きでした。
後半のモーツァルト交響曲第41番「ジュピター」もしっかりした演奏で、すべてに聴き応えがありました。

終演後のサイン会では、小山さんはこの日も一人ひとりのお客さんと丁寧に言葉を交わされていました。
小山さん、今回もありがとうございました。
Date: 2018/04/08/15:31:57 No.4837


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陽気のなかの悲劇ーーー小山さんのモーツァルトピアノ協奏曲20 番 @サントリーホール
まじょるか魔女
今年の1月17日、サントリーホールでNHK交響楽団第1877回定期演奏会が開催され、小山さんとの共演をラジオで拝聴しました。
びあのふぉるてさんにこの日の演奏会がTV放送されると教えていただき(No.4829)、4月1日(日)桜の美しい夜に拝見いたしました。

曲目は、
1. 交響詩「ドン・フアン」(R.シュトラウス)
2. ピアノ協奏曲 第20番 K.466(モーツァルト)※
3. 歌劇「ばらの騎士」組曲(R.シュトラウス)
4. バレエ音楽「ラ・ヴァルス」(ラヴェル)

管弦楽 : NHK交響楽団
ピアノ : 小山実稚恵 さん※
指 揮 : ダーヴィト・アフカム
(2018年1月17日 サントリーホールで収録)

ピアノ協奏曲演奏前に曲目紹介と、小山さんのコメントが入ります。小山さんが「1983年N響デビュー以来100回以上共演を重ねてきた。モーツァルトの短調に魅了されたひとりです」と紹介され、小山さんが曲を語る映像に変わりました。
「冒頭から胸をかきむしられるような仄暗さのなかに、えも言えない不安感が漂うんですね。それってやっぱりシンコペーションで当時の例えば魔笛だったりドン・ジョバンニだったり、そういうところにあることを吐息と共に訴えたいものがずーっと迫ってきて、それがまた今度旋律にとってかわってその何とも言えぬ深さとか、恐怖みたいなものとか、清冽なというんでしょうか、清廉なというべきか、そういうクリスタルなくらい恐ろしいくらい透明感があったりとか、本当になんて言うのかな‥ドキドキ感が絶えない作品で、当時モーツァルトがパート譜も間に合わないぐらいの日にできて翌日本人が演奏したらしいんですけど、それでもやっぱりすごく説得力があったらしいんですね。そう思うとこの作品の偉大さっていうのは、今私たちはこんなに今の時代にドキドキして聴いている訳ですけど、これから何千年たっても人間が聴く限りはドキドキし続ける作品なんだなーっていうふうに思います‥‥。」(お話の内容はニュアンスです)

このように急き込むように語られて、どんなにこの曲が 小山さんにとって特別な曲なのか、演奏前から伝わってきてどきどきします。
映像はサントリーホールに戻り、小山さんは翡翠色(エメラルドグリーン)のドレスで登場されました。「わー、小山さんきれい。特に似合われる色ね」とTVの前で盛り上がります。
指揮者のダーヴィト・アフカムさん(1983年生まれドイツ出身)と目合わせして頷かれ、小山さんには目を閉じて音楽になられます。オーケストラの音の波に身を委ねられていた 小山さんが静かに語り出すようにピアノを奏でます。
「小山さんは髪もきれいね」と言うと、娘が「美しい音楽を弾かれるから、髪もきれいになるのね。生活が肌や髪に出るのよね」と。なるほどそれで、小山さんはどんどん美しくなられるのですね。

小山さんが熱く語られたモーツァルトの魅力が、小山さん自身によって音になっていきます。映画「アマデウス」で使われた遠い日の幸せを辿るような旋律。淡い幸せは迫りくる不安と恐怖に呑み込まれていくようです。
モーツァルト作曲で初めての短調のピアノ協奏曲20番は、当時の予約演奏会の会員減少に繋がっていったのですね。一般受けする華やかな音楽から、自分の表現したい音楽への決意表明としての作品とも思えてきます。モーツァルトの独特の能天気ぶりが少し苦手でしたが(自分も能天気ですが)、この曲を通してもっとモーツァルトを理解していきたいと思います。
小山さんが独奏されている時のオーケストラの皆さまの表情が印象的でした。小山さんの紡がれる音色に心酔され、信頼されている様子が画面からも伝わってきました。
3楽章フィナーレは長調で力強く(当時の聴衆のために?)しめくくられました。小山さんは満足された笑顔でアフカムさんと握手をされ、鳴りやまぬ拍手に、ピアノに向かわれアンコール曲を弾かれました。

ショパン;マズルカ イ短調作品64第4番
モーツァルトの魂を慰めるようなしっとりとした旋律がホールに満ちていきます。映画「アマデウス」でモーツァルトの亡骸を専用の墓地ではなく共同墓穴に投げ入れるシーンがありましたが、あれは史実だったのですね。現在は埋葬された正確な場所や遺骨も所在不明のモーツァルト。ポーランドと地続きのウィーンのどこかにマズルカの調べが時空を超えて伝わっていくように想像しました。

番組の最後に「コンサート プラス」として、2000年にNHKスタジオで収録された 小山さんの演奏が放送されました。
曲目は、
◆モーツァルト:幻想曲ニ短調 K.397
◆ショパン:24の前奏曲作品28から第24番ニ短調
ニ短調繋がりなのですね。ニ短調は、厳粛さや敬虔さを表し、歌劇や宗教曲では、人間の激昂する場面や恐怖、修羅場を表す「怒りの調」として多く用いられ、人間を表す象徴と言われているのですね。小山さんは内なるマグマを秘めたクリスタルそのものでした。ショパンの前奏曲、渾身の最後の一音が深く刺さるように響いてきました。珍しくウェーブヘアの小山さんの奏でる貴重な映像。NHK様、素晴らしい番組構成を有り難うございます。

今回の選曲の共通項は「陽気のなかの悲劇」であると、アフカムさんが語られていました。「音の旅」ではモーツァルトを演奏されなかった 小山さん。「長調は明るく、短調は暗いと言い切れない」とどこかで語っていらっしゃいましたが、本日はその深淵を聴く思いでした。
小山さん、画面を通してドキドキを共有させていただき有り難うございました。次の機会を心待ちにしています。
Date: 2018/04/04/07:11:51 No.4834

Re:陽気のなかの悲劇ーーー小山さんのモーツァルトピアノ協奏曲20 番 @サントリーホール
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4月1日の放送を、どなたか書き込んでいらっしゃらないかと訪ねてみましたら、まじょるか魔女さん、ありがとうございます。
小生も視聴致しました。そしてきっと、ニ短調であるが故にと、小山さんならではの演奏によって、コンサート・プラスで放送された幻想曲では一層、これモーツアルトの曲?という新鮮さを抱いて聴くことができました。

モーツアルトの協奏曲第20番は、実は2002年ザルツブルクでの第8回モーツアルト国際コンクールにおいて優勝された菊池洋子さんが、井上道義指揮オーケストラ・アンサンブル金沢と共にCD録音されたものがあるので、私にはこれで聴き慣れた曲です。(カデンツァもベートヴェンのものを採用されています。)菊池さんのCDも何度も聴くくらい好きですが、さすがに名実ともにベテランの小山さんの演奏は、冒頭に書きましたように、そして小山さん自身も仰ったように、私の知っている(つもりの)モーツアルトではない、その深さに感じ入りました。1月のコンサート当日も、FM生中継を聴いたのですが、生憎FMの受信状態が悪く、今から思うとそのことに気をとられたこともあるのか、私程度の鈍感者には、やはり映像付のコンサートは説得力あるなあ、等と思わされました。(^^;

つい先頃、オーケストラ・アンサンブル金沢の新シーズンのプログラムが郵送されてきまして、何と9月20日には小山さんが金沢にお越しになって、川瀬賢太郎さんの指揮でこの曲を弾いていただく予定になっていることを知りました。当地にお越しいただけることをとても嬉しく思います。

また、3月で終了したNHK−FM「DJ−クラシック」での、広上淳一さんの、「“音楽ってステキ”〜音楽のすばらしさよ 永遠に」も拝聴しました。広上さんは最終回なのでと、6人の作曲家:モーツアルト、ベートーヴェン、シューベルト、ブラームス、ラフマニノフ、そしてバッハを選ばれて、それぞれの広上さんゆかりの曲を紹介されたのですが、シューベルトの曲「交響曲 第5番 第2楽章 冒頭」を紹介されたときには、次のように仰いました。

 「モーツアルトにもベートーヴェンにもない、また一人ヨーロッパでこの天才がいたなという、シューベルトにしかない美しさ」。
そして、曲を聴いた後の鎌倉みどりさんの「迫ってこない、すーっと心の中に入ってくる優しさ」ですね、という感想に続けて、「(シューベルトは)自分のことを素晴らしいとは、これっぽちも思ったことのない、自虐的な人。心の奥の中にある気持ちを音符にしたためている結果がこういう音になる。すべてを達観しながら、どこか宇宙から我々を優しく包み込みながら一緒に泣いているみたいな。。。」と。

私はこの広上さんの言葉は、きっと最近の小山さんの思いそのものじゃないですか、と感じ、「交響曲 第5番 第2楽章 冒頭」が流れるあいだ中、涙を止めることができませんでした。

そして広上さんは、「あれだけモーツアルトが好きだと言っていたのに、どういう訳だか近頃好きになってきて、深いなあ、と思うようになってきたバッハ」を最後に取り上げられ、小山さんの「「ゴールトベルク変奏曲」から アリア」を選ばれました。
私には、あたかも、30回の変奏を経た後の最後のアリアを聴いたときのように、ここで広上さんの選ばれた前の5曲を聴いた後のアリアは、小山さんの指で弾かれる音符一つ一つに微妙な揺らぎを感じて、実に味わい深く聴くことができました。

更にまた、広上さんがDJクラシック最終回の最後の曲に、小山さんのバッハを持ってこられたことに、小山さんファンであることの幸せを噛みしめることもできたのです。
――まじょるか魔女さんのご報告へのリプライが、異様に膨らんでしまい、失礼致しました。m(_ _)m
Date: 2018/04/04/17:17:40 No.4835

Re:陽気のなかの悲劇ーーー小山さんのモーツァルトピアノ協奏曲20 番 @サントリーホール
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何度も失礼致します。
男性小山さんファンとして、書き落としてはならないことを書き落としていました。(^^;
200年に収録されたという「コンサート・プラス」での小山さんの髪と衣装も、現在のお姿に劣らず、そして異質に、とても素敵でした。まじょるか魔女さん仰るとおり、貴重な映像です!
Date: 2018/04/04/17:46:41 No.4836


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小山実稚恵ピアノリサイタル
実稚恵さまの微笑み

桜もいよいよ開花しはじめ、春本番ともいえる彼岸明けの3月24日(土)、宮崎県は延岡市延岡総合文化センターで行われた実稚恵さまのリサイタルに行ってまいりました。

快晴の天気の下、これ以上ない日和となり気持ちもとても晴れやかです。

久しぶりのリサイタルに気持ちもはやり開場2時間前にホールに到着。窓の外からさしこむ南国宮崎の眩しい陽光に気持ちも高まりながら今回は、久しぶりの自由席。最前列席を目指し並びます。
(南国特有のゆったりとした風情なのか時間前に並ぶ方はなかなか現れず1時間以上、一人で待つこととなりました。(笑)正確にはとさま様が遠路はるばる北国から駆け付け(驚)いつもながらの実稚恵さま讃歌に勤しみながらの二人での開場待ちでした。)

開場となり真っ先にホールに入りお目当ての最前列、ピアノ前実稚恵さまをステージ上にのぞむ席をとさま様と並んでとったことは言うまでもありません。(笑)

いよいよ開演の時間となり実稚恵さまは30周年時にお召しになった、お馴染みグリーンのドレスで登場されました。

演奏前にマイクを持たれ
「桜の咲くこの季節に延岡で演奏できることは幸いですと仰った後、本日はシューベルト、ベートーヴェン、ショパンの3人の作曲家の作品の演奏です。

シューベルトは心のひだにしみこみ、ベートーヴェンは未来にかける勇気や挑戦を感じる。ショパンは純粋に曲のショパンらしさを感じていただきたい。

作品は、作曲家の想いや訴えたかったことを託したものなので感じとっていただければ。。。」
と解説してくださいました。

本日のプログラム

シューベルト  即興曲 変イ長調 作品142−2
  〃     即興曲 変ト長調 作品90−3
  〃     即興曲 変イ長調 作品90−4
ベートーヴェン ソナタ 第31番 変イ長調 作品110
〜休憩〜
ショパン    ワルツ 第7番 嬰ハ短調 作品64−2
  〃     ワルツ 第6番 変ニ長調 作品64−1 「小犬のワルツ」
  〃     ワルツ 第2番 変イ長調 作品34−1 「華麗なる円舞曲」
  〃     ノクターン 第21番 ハ短調 (遺作)
  〃     ノクターン 第13番 ハ短調 作品48−1
  〃     ピアノ協奏曲 第2番より第2楽章 「ラルゲット」(ピアノ・ソロ版)
  〃     アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ 変ホ長調 作品22
〜アンコール〜
ショパン    ノクターン 第2番 変ホ長調 作品9−2
スクリャービン 左手のためのノクターン 作品9−2
ショパン    ポロネーズ 第6番 変イ長調 作品53 「英雄ポロネーズ」

シューベルトは、本当に美しく心にしみる実稚恵さまの優しさが反映された演奏でした。
それに対して実稚恵さまが最も充実していると仰っていたベートーヴェンのソナタは圧倒的でした。特に終盤の高揚部は何か高潔なものに気圧されるようなすごいエネルギーを感じました。終曲後は言葉を失い涙が滲むような放心のひとときでした。

そして休憩後は、素直に作品を感じてほしいと言われていたショパンの名曲の数々。音の旅でメインを張ってきた曲の数々を再び聴き、「音楽は時空を超える」ではないのですが過去の演奏会の場面々が甦ってきました。

ワルツの7番に桜の花が散る風情を感じると言っていた福岡の男性。ノクターン13番演奏後に感動のあまりひとりスタンディングオベーションを送っていた長崎の女性。音の旅に初めてふれ、福岡2回とオーチャドの計3回、拝聴することのできた「ラルゲット」の甘く美しい調べ。ピアノの至近距離で実稚恵さまの演奏に興奮がおさまらなかった広島は蘭島閣美術館での「・・・華麗なる大ポロネーズ」。。。。気が付くと涙があふれていました。

アンコールも最後の英雄ポロネーズで会場が再び感動の渦にのみこまれました。実稚恵さまの演奏を聴いたことのない延岡の方々も、実稚恵さまの想いをこめた素晴らしい演奏にきっと満足されたことと思いました。

本日も感動の演奏を実稚恵さまありがとうございました。

PS

今回のスタインウェイ。ピアノ側面に刻印のない古い物だと拝察したのですが素晴らしくコンディションがいいように感じました。
横に座られたとさまさまも、同意見で楽器の良さもあって思いきり実稚恵さまも弾けるのでは。。と言われてました。

サイン会でも実稚恵さまに尋ねると、今日のピアノは好きですとはっきり仰っていました。

それから、こぼれ話をひとつ。

開場までに2時間ほどホール前に並んだ訳なんですが音響というか遮音が甘いのか実稚恵さまが練習されているのが響いてきました。

しかも、それが、まだ実稚恵さまの生の演奏で一度も聴いたことのない傑作中の傑作と言われるショパンの「舟歌」で。。。
曲の終盤の最も盛り上がる部分を何度も何度もさらわれて。。。
聴いているうちにもう感極まって涙が出そうでした。

今回の公演のアンコールで披露されるのかなと期待したのですが、残念ながら既に発表されているように「音の旅」アンコール公演のための準備だったのでしょう。

楽しみは、次回に。。ということで次は、5月の福岡でのアンコール公演で、また実稚恵さまにお会いしたいと思います。
Date: 2018/03/26/23:20:05 No.4833


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ロシアから大阪に吹く風---小山さんのラフマニノフ2番
まじょるか魔女
皆さまの熱いレポートに、2018年の小山さんの音色を想像しながら拝読しています。初!小山さんはいつ拝聴できるかしらと思っていたところ、幸運にも3月16日(金)、日本センチュリー交響楽団 第223回 定期演奏会 @大阪ザ・シンフォニーホールに伺うことができました。 日本初のクラシック音楽専用コンサートホールのザ・シンフォニーホールは神殿のような美しい外観で、内装は落ち着いた木目調。座席数は1704席でアリーナ・シアター形式です。

曲目は
◆ラフマニノフ:ピアノ協奏曲 第2番 ハ短調 作品18
◆ボロディン:交響詩「中央アジアの草原にて」
◆ショスタコーヴィチ:交響曲 第9番 変ホ長調 作品70

小山さんは、星空のように煌いた瑠璃色のドレスで登場されました。ラフマニノフに紫を感じていますので、ますます嬉しくなります。指揮者のアラン・ブリバエフさん(カザフスタン出身)と目合わせされ、小山さんの指先からロシア正教の鐘の音が響いてきます。最初の鐘の音は、ピアニストによってテンポ感がずいぶん違いますが、以前名古屋で2番3番と同日演奏された時よりは祈りが込められているようなテンポで、それからクレッシェンドで一気に日本センチュリー交響楽団との音の渦になだれ込まれました。年数を経たピアノなのでしょうか。熟成されたワインのような円やかさを感じる音色です。
ロシアは訪れたことはありませんが、旅行先のヨーロッパの街に鳴り響く鐘の音に驚き、生活音として息づいていると感じました。時を告げる鐘は、街の謂わば心臓音。その意味でも、小山さんのテンポ感はすっと心に沁みてきます。
一本道を着実に歩んでこられた 小山さんの道程とも重なり、もう胸がいっぱいに‥
ピアノの先生がラフマニノフがお好きで、「長い冬を待って待って、ようやく春がくる‥という感じがいいのよ」という声が思い出されます。雪の多かった今年の冬にも重なりますね。小山さんと日本センチュリー交響楽団の熱い奏楽で雪と氷が溶けていき、小さな花が逞しく次々に咲いていくようです。精神的に長い冬を過ごしたと思われるラフマニノフ自身の克己の歌とも聴こえ、第3楽章フィナーレに入る前にブリバエフさんのすっと鼻から息を吸い込む音が19列目の座席まで聞こえて、続くピアノとオーケストラの魂を揺さぶる共演に圧倒的な自己肯定と開かれた未来を感じ、降り注ぐ音の雨にダイレクトにエネルギーチャージさせていただきました。
ブラボーの声、そして声。ロシアの氷雪も溶ける熱い拍手に 小山さんは優しく応えられ、「ラフマニノフのプレリュード」と歌うように仰ってアンコールを弾いてくださいました。
ラフマニノフ:プレリュード32-5
小川のせせらぎに鳥がさえずるような可憐な曲でした。

日本センチュリー交響楽団が演奏されたボロディンとショスタコーヴィチの作品からも壮大な風を感じました。指揮のアラン・ブリバエフさんはカザフスタン出身なので、ロシアと陸続きの土地で生きてこられた方ならではの厚みと寒さに負ケズという芯の太さを感じました。
交響詩「中央アジアの草原にて」。コーカサスの草原でのロシア人と東洋人の交流の様子が描かれているこの曲を選ばれた思いがじんわり伝わってきます。
ショスタコーヴィチ:交響曲 第9番 は、ベートーヴェン第9再来の期待をさらりとかわした、楽器の持ち味発揮満載の洒脱な作品なのですね。

ブリバエフさんは一見クールで端正な印象でしたが、指揮台で飛び跳ねるように全身で指揮をされ、熱いマグマを感じました。日本センチュリー交響楽団は少人数編成のようですが、バランスがよくてクレッシェンドするときの求心力とパワーに感嘆しました。鳴り止まぬ拍手に、ブリバエフさんは「チャイコフスキー‥‥‥ワルツ」と仰ってアンコール演奏をしてくださいました。
途中でテンポを揺らして引っ張ったまま、肩越しにちらっと客席を振り返って笑いをとるところ、さすが、なにわのオーケストラの指揮者さんと感心しました。(←そこ?)

今年の桜は早く咲きそうですね。
今日はサイン会がなくて残念でしたが、演奏会の帰り道は心の中に春の花がいっぱい咲きました。一緒に拝聴した いとこと母は「小山さん、どうしてあんなに力強い音が出るのかしら?全身で弾かれているのね」と驚嘆していました。
とさまさん、お会いできて嬉しかったです。

「もっとも崇高な芸術とは人を幸せにすることだ。」
映画「グレイテスト・ショーマン」のエンドロールにT.バーナムのこの言葉を見て、小山さんを思いました。いつも小山さんの演奏を一緒に聴きに行くピア友も同じことを感じたそうです。

小山さん、幸せな時間を有り難うございました。
Date: 2018/03/18/13:02:48 No.4832


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改めてこのファンサイトに感謝致します。
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3月も早半ばを過ぎ春めいてきました。各地に大雪をもたらしたあの冬は夢・幻であったのか?という思いを、北陸在住の小生、今年は一層強く抱きます。このような暢気(ノンキ)なことを言えるのはしかし、災害の被害が甚だ少なかった幸せ者のことであって、大きな被害の痕跡を未だに目の当たりにされている方々には、とても恐縮な発言であることをお許しください。

余分な前置きを付けてしまいました。大変遅ればせながら、3月3日には小山さんファンサイトの開設14周年、そしてララちゃん6歳の誕生日、誠におめでとうございます。トップページから入れる、管理人まさとさんの「小山ファンの皆様へ」というメッセージと写真も嬉しく拝見しました。

そして最近特に頻繁に、この「ファンの掲示板」に寄稿していただいている、ぴあのふぉるてさんと、とさまさんをはじめ、皆様に改めて感謝申し上げます。

小生は2月以降、このファンサイトに少しご無沙汰しておりましたので、その後の皆様の投稿にびっくり!殊にぴあのふぉるてさんの、ポイントは細大漏らさぬいつものご報告に、小山さんファンであることと共にこのファンサイト仲間であることの有難さを感謝せずにはおれません。もっと具体的にお礼を申し上げようと、ぴあのふぉるてさんはじめ皆様の投稿からまずメモを、と試みたのですが、いやいやその挙げるべき項目の多さに、そして私などの駄文を重ねることに「ナンセンス!」と諦めました(^^;

この1か月半の間に演奏された小山さんのレパートリーの広さは言うに及ばず、その一つ一つの演奏会にかけられる小山さんの優しさと意気込みが伝わってきて、今更ながら敬服するばかりです。

北陸在住の小生は、最近はYouTubeでも、往年の小山さんの演奏に触れることができ感激しております。当面は、4月1日のNHK-Eテレ「クラシック音楽館」と、とさま様からのご投稿を楽しみに待っております(^^;
この3月で終了となりますが、NHKカルチャーラジオ芸術その魅力:薮田翔一「現代音楽入門講座」(第2放送 毎週水曜20:30〜21:00、再放送 翌週水曜10:00〜10:30)も聴いております。ぴあのふぉるてさんのご報告から、権代敦彦さんの作品演奏にみる、さすがの小山さんならではの演奏ぶりに敬意の念を新たに致します。『モーストリー・クラシック』4月号の小山さんの記事も拝見したいと思います。
Date: 2018/03/16/08:15:11 No.4831


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3.11の特別演奏会@東京オペラシティコンサートホール
ぴあのふぉるて
3月11日、日本フィルハーモニー交響楽団の「特別演奏会」は誠に特別な演奏会でした。
演奏曲目、ショパンのピアノ協奏曲第1番とブラームスのシンフォニー第4番はいずれも、愁いを帯びた調性:ホ短調なのですね。選曲からすでに特別です。

今回初めて、パイプオルガンのすぐ近く、2階右端のR1-1という座席で拝聴しました。指揮者とオーケストラの各パートの動きがよく見えて、興味深い体験でした。時々広上さんの陰に隠れてしまう瞬間もありますが、小山さんのお顔も見えました。
ただ、この座席はオーケストラの音の方が大きく聴こえるため、音響のバランスはあまり良くないかもしれません…。

プログラム前半、小山さんのショパン1番は鎮魂の祈りに満ちて、心に沁み入る名演でした。
小山さんと広上さんがお互いに厚い信頼で結ばれていることが、よくわかりました。
小山さんのピアノソロにうっとりと聴き入る広上さんの笑顔、可愛かった。
そんな広上さんの、全てを包み込むような温かな指揮の元、小山さんは安心して、お気持ちのままに演奏なさっていたと思います。

この日、第1楽章が終わって第2楽章に入る前、ふだんよりも長めの「間」が置かれました。コンサートは14:30開演ですから、第1楽章の終わりは14:50頃だったでしょうか。7年前、東日本大震災発生時刻は14:46でしたね。広上さんと小山さんはこの時、黙祷の時間を意識的に設けてくださったのですね。
1分半ほど続いた静寂に心を締めつけられながら、黙祷を捧げました。会場の皆さんも同じようになさったことと思います。

第2楽章は美しい静かな祈りの歌でした。感涙です。
小山さんはいつも思いを込めて演奏なさいますが、この日、小山さんの演奏には特別なお気持ちがこめられていたと思います。
小山さんはオーケストラパートが演奏中、ずっと目をつぶって聴き入っておられました。そして、ご自身のピアノ演奏の際も、ほとんど目をつぶって、お祈りなさっているようでした。
終演後、サイン会で伺ったところ、「そう。今日はずっとそういう気持ちで弾いていました」とおっしゃったので、改めて深く感じ入りました。

第3楽章は、さぁ、希望を抱いて歩み続けましょう!と励まされるような音楽でした。

カーテンコールも素敵でした。
最初、小山さんと広上さんのお二人でお辞儀なさっていましたが、2回目と4回目でしたか?広上さんは舞台袖に控えておられました。優しい謙虚なお人柄を感じました。
小山さんがアンコールに弾いてくださった曲は、哀愁と気品漂う素敵な作品でした。
案内ボードには「ショパン:ワルツ(遺作)」と書かれていました。
(後で調べました。ワルツ第19番 イ短調(遺作)です)

さて、プログラム後半、ブラームスの交響曲第4番は、情熱あふれる演奏でした。
指揮をなさる広上さんのお顔の表情は、ステキな百面相!
(作品を知っていれば)お顔を見ているだけで、どのシンフォニーかわかるかもしれない。と思いました。それほど細やかに音楽を描き分けておられるのです。音量、テンポ、情感(喜び、悲しみ、優しさ、凛々しさ)などいろいろ。
オーケストラ奏者に身体を向けて、そう、その調子。いいね。
ここは自由にやってね〜。にっこり。
はい、次はあなた、お願いね。
次はあなたたち。はい、グッド。
いい音だねえ。うっとり。
しかし、締めるときは締める。ビシッ! 
 その時の厳しい目と口元が、カッコいい。
(以上、わたくしの勝手な妄想です)
こんなふうに、奏者との親密なコミュニケーションによって音楽が作られてゆくのですね。

第3楽章からかしら?いつのまにか指揮棒は譜面台に置かれ、両手をブンブン激しく動かして指揮なさっていました。
最終楽章まで、情熱いっぱい、愛情たっぷりの音楽で、感激しました。
定期演奏会などの場合、小山さんファンとしては小山さんのコンチェルトをお目当てに聴きに伺うのですが、最近は後半のシンフォニーも楽しみとなっています。

熱い拍手の中、広上さんはにこにことステージ中程の団員さん達の座席まで歩み寄り、各楽器の特徴をジェスチャーで示しながら起立を促し、好演を労っておられました。お心がこもって素敵ですね。
アンコールは「ブラームス:ハンガリー舞曲 第1番」。
本プログラム同様、この曲でもトライアングルが活躍していました。

サイン会の後、ファン仲間三人でオフ会をしました。感動を分かち合いながら、クールダウンというよりヒートアップする、楽しいひとときです。お開き直前の素敵なサプライズには、やはり素晴らしい演奏はお二人の日頃の信頼関係があってこそ!と皆で深く納得したのでした。

小山さん、広上さん、日フィルの皆様、心に残る音楽をお届けくださり、本当にどうもありがとうございました。またのご共演を楽しみにしております。
Date: 2018/03/14/12:33:10 No.4830


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